SOUVENIR<スーヴニール>
ランディがジュリアスの館から戻ると、オスカーから、視察から戻っており、明朝剣の稽古をしようという連絡が来ていた。
上達したのかどうかわからないが、とにかくジュリアスとはこの四日間というもの、剣を交わした。とはいえ、いつもオスカーとやり合うような剣の交わし方ではなく、足を、手やあるいは足ですくわれたり、腹を殴られたりして、気がつけばあの冷たい切っ先が目の前にあった。いつもの堂々としたジュリアスの態度とは異なるやり口にランディはむしゃくしゃしていた。
(何故、あんな卑怯な手ばかり使って俺を……。練習にならないじゃないか)
だが、ランディは気づかなかった。そういう手がいつ来るかわからないが故に、神経を研ぎすませて戦いに挑めるようになりつつあることを。明朝のオスカーとの稽古で、それは如実に出た。オスカーの大剣はジュリアスのそれよりは動きが遅く、ランディの目にはよく見てとれた。ランディは俊敏に動き、オスカーの剣が来るより先に防御できるようになっていた。
(ランディ……!)
明らかに視察前とは異なるランディの動きにオスカーは驚いた。
(ジュリアス様との練習の賜物だというのか……何故だ?)
一瞬、ランディの剣の先がオスカーの頬をかすめた。真剣ではないものの、やはりとがった切っ先は多少なりともオスカーを傷つけた。
いつものランディならここでハッとして「大丈夫ですか?」と来るはずだ。もっとも、頬をかすめられたことなどオスカーにはなかったのだが。しかし、ランディはかまわず剣を繰り出したが、さすがにそれは払われた。
「……上達したな、坊や。ジュリアス様との稽古の成果か?」
いつものように不敵な口調でオスカーは言った。だが、目つきは明らかに変わっていた。
「ど、どうしてそれを?」
言い当てられて驚くランディの問いには答えず、オスカーは剣を構えた。
「俺でもジュリアス様と剣の稽古などさせてもらったことはないんだぜ。俺とジュリアス様の稽古のつけ方がどう違うのか、もっとよく見せてみろ!」
ランディは、ジュリアスと対峙しているときに似た殺気を感じ、戦慄した。もっとも、ジュリアスのそれはかなり冷たいもので、オスカーのようにギラギラとしてはいなかったが。
剣を構え直すと、ランディはオスカーに向かった。オスカーの剣が動いた。だが、その動きは先程までとはまるで違う速さだった。
ランディの剣はあっけなく払われて、それは虚しく地面にころがった。払われた衝撃で手に痺れが生じる。くっ、と苦悶の表情を見せて手をおさえるランディの目の前に、オスカーの大剣があった。
「……そうか」
オスカーは呟くように言った。
「いつまでもおまえと健康的にチャンバラをしている時期はもう過ぎたということだな」
「え?」
意味のわからないランディを放っておいて、オスカーは続けた。
「ランディ、次に星の視察へ行くときはおまえを連れていくことにしよう。今日はもう帰れ」
宮殿への出仕までには時間があり、いつもならまだ打ち合っているのだが、すでにオスカーは剣を側仕えに預けていた。
「オスカー様?」
「俺はジュリアス様のところへ行く、じゃあな」
言うが早いか、オスカーはもう館の中に消えていた。
作品名:SOUVENIR<スーヴニール> 作家名:飛空都市の八月