化け物と祓魔師
化け物の中には人と共存を望む者も存在する。
単に殺されたくないという理由の者もいれば、
愚かなことに人間を愛してしまった、などの者もいる。
それらは大抵ハンターとなり、人間どもの飼い犬となるのだ。
六臂もその内の1人。
ただ、六臂は前記で述べた理由でハンターになったのではない。
「今日は新月か・・・」
漆黒の衣がはためくくらい風が強い。
高層ビルの屋上で六臂は雲が急ぎ歩きのように流れていくのを見つめながら、
六臂は後ろに立っている帝人を肩越しに見つめた。
「今日は手を出してくれるの?」
若干皮肉った言い方をしてみたつもりだったのだが、
帝人はいつもと変わらない笑みを貼り付けた仮面で笑った。
「君が危なさ気だったら、ね」
「っ」
六臂は舌打ちをしたい気持ちを抑えきれず、赤い瞳で帝人を睨み付けた。
「お前なんていらないね!」
そう言い残すと、六臂はそのしなやかな足で跳躍しすぐさま闇の中へと消えていった。
(はっ!あいつがいなくても十分だよ!)
人に気がつかれることなく、風のように駆ける。
人間では到底出来ないであろうその所行を意とも容易く六臂はこなす。
六臂は吸血鬼というカテゴリーに分けられる存在だった。
彼がハンターになったのは『助けられた』から。
六臂の家族が人間世界に反旗を持ったという情報が流され、
ハンター達に殺された時、まだ彼は人の姿で言うと3歳くらいだったのだ。
その時のハンターと祓魔師は全て人間で。
憐れと思われ、助けられたのが始まり。
それ以来、六臂はずっとハンターとして生きてきた。
ただ、今の今まで彼は祓魔師と行動を共にしたことがない。
理由は明白。祓魔師達の拒絶だった。
六臂は吸血鬼の中でも特に力のある吸血鬼だ。
漆黒の髪に、鮮血の瞳。全て原種吸血鬼が兼ねている。
六臂の親は聴くところによると、そこまで強い力を持った化け物ではなかったらしい。
所謂、先祖返り。
だが、本部もそんな六臂を野放しにしたくなかったのだろう。
よって、決して本部に逆らわず、力のあるあの少年が選ばれたと言うことだ。
(本部の人形のくせにっ・・・)
他の奴らのように嫌なら嫌だと言えばいい。
それなのに、あいつはそんな顔をみせないどころか、
笑顔という仮面まで貼り付けて周りをごまかし、自分もごまかしている。
(偽善以外の何ものでもないっ!)
苛々とする気持ちのまま、六臂は目的地に到着した。
気配を消して、物陰に姿と溶かす。
(ひぃ、ふぅ、みぃ・・・ふーん。情報より多いね)
ちらり、と化け物の数を確認して疑問が湧いた。
(おかしい・・・主格がいない・・・?)
化け物の数は前もって渡されていた資料より多いのはどうでも良い。
なぜ、主格の狼男がいない?
目ざとく辺りを見回してみるが、それらしい存在がいなかった。
(どうして・・・?)
「さて、どうしてでしょう?」
六臂が思案しているその時、後ろから聴いたことのない声がした。
驚きで後ろを振り向こうとした瞬間、
六臂は殴られ勢いよく化け物達がいる広場に吹っ飛ばされた。
「ぐはっ」
顔面を殴られ、頭から地面に叩きつけられたので脳が振動しているのがわかる。
グワングワン揺れる視界で何とか己を殴った相手を見つめて、舌打ちをした。
「まったく。こんな所に蠅がいたとわなぁ?」
げらげら笑いながら先ほどまで六臂がいた暗闇から出てきた男。
その男こそが、この集会の主格だったのだ。
(くっそ、まだ頭がうまくっ・・・)
化け物の中で尤も腕力など、身体能力を誇る狼男。
その狼男に殴られればいくら六臂といえどすぐさま対応できない。
頭が衝撃を受けたため、視界も揺れ四肢が痺れて満足に動けない。
「お前六臂だろ?知ってるぞー裏切り者の子猫ちゃん」
「っ!」
主格の狼男は動けない六臂を良いことに、
六臂の胸ぐらを掴み己の目線まで宙づりにした。
つかまれた苦しさで六臂は呻く。
「ここでお前の首をもらえば俺たちは一躍有名人ってか?」
主格の戯れ言に他の化け物達も下卑た笑いを零す。
六臂はまだ痺れる手で胸ぐらを掴んでいる手を掴むと、
口元を若干上げて、鼻で嗤った。
「おまえが・・・俺を?はっ、・・ねごと・・は・・・寝てい、え」
「あぁ!?」
次の瞬間、六臂はまた地面に叩きつけられた。
その衝撃で地面に亀裂が入る。
「てめぇ!馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」
「ぐっ」
六臂はかすむ目で何とか起きようと試みるが、身体が言うことを聴かない。
ここで起きなければ殺されるのに、起きれない。
(くっそ・・・!)
痛みと出血が酷くて意識が遠くなる。
(ざけん・・・な・・・)
その意識を最後に、六臂は気を失った。
「んー?あーあ、こいつ気絶しやがったぜ」
主格の狼男はまた笑うと、無抵抗になった六臂の頭を掴みぶらぶらと振る。
「へへへ、よっしゃ、じゃーこれからこいつをなぶり殺しにしまーす」
ふざけた口調で言う主格の言葉に一斉にその場が活気づいた。
その瞬間、集った化け物の一角から断末魔の叫び声と血しぶきの音が響く。
「へ?」
浮かれていた化け物達はその音と臭いに呆けた顔をした。
「全く・・・本当に世話の焼ける。
1人でなんでもしてしまうから、痛い思いをするんですよ」
そこには帝人が笑みをたたえながら立っていた。
周りに化け物の無惨な死体を広げながら。
「!?!?!?」
主格を始め、その場にいた化け物達は目の前の衝撃が理解できず混乱する。
帝人は主格に頭を鷲掴みにされた六臂を一瞥すると、ため息を零した。
「お前達は生きて帰せませんので、悪しからず」
そして瞳を伏せたかと思うと、
次にはもう先ほどの柔和な笑みはどこにもなかった。
化け物達の背筋に悪寒が走り、冷や汗が流れる。
「な、っ!おいお前等!なにつったてる!!殺せ!!」
主格の言葉にハッとなった化け物達はその言葉で一斉に帝人に飛びかかっていった。
けれど、どの化け物もすぐに身体が何ものかによって切り刻まれる。
帝人がのんびりと歩みを始め、
化け物達は恐怖から一歩、また一歩と下がっていく。
「お前達は赦せません。ので、死んでください」
ある場所で帝人は立ち止まると、その青い瞳を細めながら、
断定的に言った。
主格の男は帝人を見つめたまま、ガタガタと歯を鳴らす。
他の化け物達も、恐怖で身体が硬直して動けずにいた。
帝人はふっと口角をあげると、誰もが聴いたことのない言葉を紡ぐ。
その言葉に呼応して、帝人の影が大きく伸び、形を変えていった。
主格の男が震える声で叫ぶ。
「さようなら」