化け物と祓魔師
夕日が沈み、辺りが暗闇に包まれようとしている時刻。
逢魔が時。この時間帯が一番化け物達が活発になる。
その時間帯に合わせ、六臂と帝人はとある洋館の入り口にいた。
(あぁ、やはりここか・・・)
懐かしい、と思った。帝人の大切な友が住んでいた屋敷。
その時に比べたらとても古く痛んでしまっているけれど。
「趣がある洋館ですね」
「はっきり言ったら?ぼろいって」
六臂はハッと鼻で嗤うと、
痛みすぎて最早扉の役目を果たさなくなった木の板を蹴り破る。
その行いに帝人は若干眉を寄せたが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべる。
「そう言ったらここにいる人たちに申し訳ないでしょう」
六臂はそんな帝人を一睨みすると、ずかずかと洋館内に足を踏み入れた。
帝人は心の中で苦笑を零すと、六臂に続いて洋館に足を踏み入れようとした、
その瞬間。何かが視界の端に映った。
それがなんなのかは容易に察しが付くので、帝人は見なかったふりをする。
洋館にはいると、外側よりも若干綺麗な内部に少しだけ驚いた。
ただし床は埃だらけだったので、六臂の足跡がくっきりと残っている。
(あの子は・・・まったく)
早くここから出たいのと、自分と一緒にいたくないというのがありありと分かる。
分かっているとはいえ、寂しい物があるのは事実。
「さて、僕は僕の仕事でもしますか」
帝人はそう言うと、六臂が進んでいったであろう方向とは違う方へ足を伸ばした。
埃が窓からはいる光に当たって反射し、周りは物音一つしない。
少し駆け足だったのですぐに洋館の一階の奥深くにたどり着く。
古ぼけた扉を開ければ、そこは本がぎっしり詰まった場所だった。
帝人は指さし確認をしながら、素早く本の背表紙を見ていく。
六臂はすぐに化け物達を叩きにいくはず。
けれど、その前に帝人は違う化け物の場所に行かなければならなかった。
「大抵こういう場所に・・・あった」
たった数本、他の本とは違う背表紙を見つけた。
埃を余りかぶっていない本。その数冊を同時に動かしてみると。
「正解」
案の定、機械音を響かせて本棚が回転し、
厳重な鉄の扉が姿を現した。帝人はその扉を引いてみる。
「やっぱり開かないよね」
そう言いながら帝人は指をパチンと鳴らした。すると、扉がひとりでに動き出す。
「あぁ・・・酷い臭い」
その扉が開いた途端、下る階段の底から悪臭が帝人の鼻孔を刺激した。
獣が腐ったような臭い。その昔、嗅いだことのある受け付けたくない香り。
帝人は服の袖で鼻を覆うと、階段を下りていく。
真っ暗な階段であったが、帝人は足を踏み外すこともなく歩く。
下ったのはほんの数分。すぐに別の鉄扉が姿を現した。
下の隙間から若干の光が漏れている。
(ここか・・・)
帝人はその扉を躊躇いもなく開く。
その扉の先には、見たくもない光景が広がっていた。
「あぁ?お客様ですか?珍しいですねぇ~
生きたお客様など数百年ぶりだ」
喉で笑う化け物は豪華であったのだろうソファに腰掛け、
バキバキと人間だった物を頬張っていた。
帝人はすぐさま部屋の中を目だけで確認する。
光を差し込むための窓すらない部屋の唯一の明りは、
天井にぶら下がっているシャンデリアのみ。
そのシャンデリアも清掃が行き届いていないのか、
埃をかぶり蜘蛛の巣らしきものまで掛かっている。
化け物は一匹で、その周りには無数の死体が転がっていた。
床は血で汚れ、帝人が足を踏み入れたときピチャリと水音がする。
部屋にいた化け物は死肉を咀嚼すると立ち上がり、
優雅に頭を下げて見せた。
「初めまして、虫けら。私はこの館の主でございます」
「はじめまして」
帝人は頭を下げるわけもなく、静かにその化け物を見据える。
化け物は帝人の態度が気に入らなかったのだろう。
目にもとまらぬ早さで帝人の頬すれすれに骨を投げた。
「挨拶もまともにできないのか、虫けらのくせに」
先ほどまでの礼儀正しさなど無く、
高圧的に見下してきた化け物に帝人は無表情で答える。
「力のない者達を使って人を襲わせていた化け物に支払う礼儀などないもので」
「はぁ?何を言っている?虫けらをこの俺様が使ってやっているんだぞ?
ありがたい話じゃないか」
げらげらと嗤う化け物に帝人は目を伏せた。
(これがあの吸血鬼の末裔とは・・・)
帝人は歯を食いしばると、伏せていた瞳をもう一度上げて化け物を見据えた。
「大人しくあの子達にした『命令』を解きなさい。さもないと、」
「さもないと?」
化け物はにたり、と口角をあげた瞬間、
一瞬のうちに帝人の間合いへと侵入してきた。
「さもないとどうするんだよぉぉぉ!!」
左手にナイフを持ってーーー。
「残念です」
帝人はそう言うと、そっとその瞳を閉じた。ほんの一瞬。その刹那。
一拍おいて肉の塊とかした化け物に、帝人は悲しみの目を向ける。
「お前の一族もこれで終焉だ・・・」
サラサラと砂となっていく化け物を見つめながら、
帝人は拳を握り、歯を食いしばった。
「さようなら、紀田家の吸血鬼」
明るい金髪の少年がちらりと浮かび、
その残像と共に帝人の瞳から涙がこぼれた。