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ゴーストQ

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 ステージが明るい分、裏方は薄暗く、その闇の中で大勢の人がうごめいている。いわゆる裏方さんは本番が近いせいでどの人もピリピリしていた。こちら側では多数の出演者が出番を待ち、もちろんテレビで見た顔もいたけれど、オレ緊張のせいでずっと下を向いていた。
 隣の水谷は別の衣装を身につけ、腕組みしながら事の成り行きを見ている。オレの視線に気づいたのか、「ん?」と小声を出した。
「緊張してる?」
「しない奴がいるかよ」
「大丈夫だよ、素人だし皆フォローしてくれるって」
「パネル落としても?」
「拾ってくれるよ、じゃなきゃ場が進まないじゃん」
 両手で抱えていたパネルを再度見返してみる。ちょっと前に控え室で書かされた自分の字があった。
『新番組に出演決定! 話題の彼にそっくりな友人』
 こう書いてね、と指定されたから言われるままにしたのだが、読み返すとなんだか虚しくなってくる。名前も役職も忘れたけど、あのオッサンが「友達だけは本物を使ったらリアリティが出るんじゃないか」などと思いつかなければ、オレはいつも通り平穏に学校へ行っていたはずだ。
 その打ち合わせによると、予想とは逆のパターンでオレはあのコーナーに登場する。つまり、「芸能人の水谷文貴にそっくりな友達です!」、「そうですか、では水谷文貴くん、どーぞー!」、なんと本人登場! というドッキリに加担するのだった。
 登場後水谷はそのままゲスト回答者になるとかで、オレはそそくさと出口へ戻る。あとは帰ってもいい。三十秒もテレビに映らない。でも人生で初の試みなのだ。緊張しすぎて吐きそうになってくる。
「高校のときみたいに手握ってやろうか?」
「お前馬鹿じゃないの……」
「つか栄口顔色悪くね?」
 暗がりの中でもオレの表情がわかるのか、水谷がそう聞いてくる。
「誰のせいだと思ってんだよ」
 本番五分前です、と告げる声がした。うつむいていたオレは慌てて頭を上げたけれど、頼れる人は水谷しかいなくて、助けを求めるようにその横顔を見た。
 真っ直ぐだった。迷いなど見当たらず、目線はしっかりと前を向いていた。
 オレはその表情がとてもかっこよく思えてしまった。胡散臭い言い方をするなら、カリスマみたいなものを感じた。
 そうなんだよな、水谷はタレントなんだよな。さっき普通にほかの出演者と挨拶してるのもびびったけど、それは当たり前のことなんだよな。
 水谷が再度こちらを向く。まじまじと見つめていたせいで、がつんと目が合ってしまった。オレはすぐに目線を逸らし、ぎゅっと歯を噛み締める。異様に恥ずかしかった。
 明らかに挙動不審なオレだったけど、水谷はからかいもせず、「今度メシおごったげる」と独り言のように言った。別にそんな礼は必要ないと返そうと思ったが、どうせ水谷のことだ、約束なんてすぐに忘れるだろう、と黙っていた。
 しかし水谷の余裕が憎らしい。慣れてるせいもあるだろうけど、同じ歳なのにこの差はひどい。
「水谷は緊張してないんだろうな」
「してるよ」
「全然そう見えない」
「だって仕事だし」
 そのつぶやきへ被さるように、本番一分前が知らされた。
「この仕事をやるって決めたから」
 本番が近いからか、水谷の口調が少し早い。
「決めたことにはちゃんとしてたいだけ」
 そういえばそうだった。水谷は高校のときから変なところに筋を通すやつだった。

作品名:ゴーストQ 作家名:さはら