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ゴーストQ

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「帰りたい……」



 目の前の水谷が非常に慣れた様子なのに対し、オレはなんだか落ち着かなくてしょうがない。多分ここも分類的には居酒屋なんだろうけど、大勢でチェーン店にしか行ったことのないオレにとって、このしっとりとした空間はとてつもなく異世界である。薄暗い廊下を歩き、個室へ通されるまで誰かに延々と「ごめんなさい! 場違いですよね!」と謝っていたかった。
 そもそも学校帰りで来たから格好が浮いている。一番この場にそぐわない感じがする背中の黒いリュックを「やー!」と虚空へ放り投げてしまいたい。
 じゃあなんだよ、どんな格好でくれば恥ずかしくなかったんだよ。いつもと違う感じの格好なんて、オレには成人式で買わされたスーツくらいしか残されてないぞ。それはどうなんだろう。水谷とスーツ着てメシ。……変だ、絶対変だ。ありえなさすぎて死にたくなってくる。
「飲み物なに頼むー?」
 眼鏡を外した水谷がのん気に尋ねてくる。
「帰りたい……」
「ちょっ、まだ店入って五分も経ってねーよ」
 水谷もオレと同じテンションの服装をしているのだが、こいつは芸能人的カリスマで自然とこの場に馴染んでいる。とにかくオレは誰かに縋りたかったので、水谷へ今思っていることを正直に打ち明けたら、けらけらと笑って返された。
「誰もそんなの気にしてないと思うけど」
「そ、そう?」
「ていうかここも普通の居酒屋と変わんなくない?」
 嘘つけ。そんな答えじゃ気休めにもならない。尚も不安げなオレを見て、水谷がメニューを渡してくる。
「飲んじゃえばそういうの関係なくなるかもよ?」
 なるほど、グッドアイデアだ。だからオレはとりあえずビールを頼んだ。同じように酒を飲むと予想していたのに、水谷はウーロン茶をオーダーしていた。
「水谷飲まないの?」
「オレは明日も仕事」
 ということは今日も仕事だったのだろうか。
「次の日になっても酒が抜けないんだよ、弱いのかも」
「じゃあオレも次からウーロン茶にする」
「いーよ、飲めよ」
「いいの?」
「タダで飲める酒ほどうまいものはない、らしいじゃん」
 誰かからの受け売りらしく、オレはよくわかんないけど、と付け加えた水谷は笑う。その顔がとても感じがよかったので、オレは開き直ることにした。タダ酒タダメシなんて滅多にないし、ここはお言葉に甘えてしまおう。
 ウーロン茶とビールで乾杯をしたら、改めて水谷が「この前はありがとう」と言った。オレは軽く頷き、喉へビールをぐっと流し込んだ。
「ホント栄口しか頼める人いなくてさぁ」
 ぬけぬけとそう言うが、多分それは嘘だろう。舌に感じた苦味が頭の中をクリアにさせる。
「……別にオレじゃなくても、水谷と関わりたいやつなんていっぱいいるだろ」
「そうかなー」
「とぼけんなよ、他に誰も当たってないんだろ?」
 高校の頃の友人であれば、誰もが水谷と連絡を取りたがっているはずだ。過去に因縁のあるオレをわざわざ選ぶ必要なんてない。
「ばれてた?」
 くすくす笑った水谷がサラダを小皿に取る。
「やっぱりな……」
「だって無理に理由こじつけないと、栄口会ってくれないと思って」
 食べな、という感じで菜っ葉が盛られた小皿を渡された。こんな甲斐甲斐しく世話を焼いてこなくていい。お前はオレの彼女か何かのつもりか。
「だからってこの間のはねーよ」
「あれは反省してる、かなり」
「もうオレああいうのは死んでもヤダ」
 テレビの影響力はすさまじく、実はあれから数度知らない人から「栄口君って水谷文貴の友達なの?」と質問をされ、そのたびに「バイト」と嘘をつき、相手を残念がらせていた。徒労だった。
「じゃあこんな感じになら会ってくれる?」
「それなら別にいいけど……」
 あれ? なんだか水谷の都合のいい方へ誘導尋問されていないか?
「よかった」
 訂正しようと思った。むしろ怒って、そんな罠にはかからないぞときつく突っぱねるはずだった。でも水谷があまりにも嬉しそうに頬を緩めたから、毒気を抜かれてどうでもよくなってしまった。

作品名:ゴーストQ 作家名:さはら