ゴーストQ
おごりだし、見たことのない酒がいっぱいあったし、で相当酔っ払ってしまった。こんなに飲んだのは初めてかもしれない。歩き出そうとした右足へ左足が絡む。
「帰れる? タクシー乗せようか?」
「平気」
そう返した矢先、背中がふらっと後ろへ仰け反ったものだから、水谷は慌ててオレの手首を掴み、その場へ引き止めた。
「言わんこっちゃない……」
「いーよ、もう水谷に金使わせたくない」
「じゃあ送らせてよ」
一体どこまでなんだろう。ここから近くの駅まで? オレの最寄り駅まで? それともオレの部屋まで?
考えているうちに全てが面倒になってきてしまった。もちろん、水谷の提案を断ることも。
オレは明確な返答をせず、隣を歩く水谷をそのままにした。ぐにゃぐにゃと波を打つ地面を踏むと、動きにならって足首の間接が揺れる。目に見えるもの全部が薄い残像を多重に重ね、古いテレビの映像みたいだった。
電車に乗り、駅に着き、そういえば自転車を置いていたことを思い出したけど、身体のだるさがピークに達していて、とても押して歩く気にはなれなかった。水谷に言えば何とかなるのかもしれないが、それすら億劫だ。
水谷はまだ横にいる。もしやオレの部屋まで送るつもりなんだろうか。それってどうなんだろう。気だるさへ被さるように眠気が満ちてきて、まともに考え事ができない。もし叶うなら今すぐ寝てしまいたい。
「お前ふらふらしすぎ」
苦言を呈されてしまった。水谷から怒られるなんて滅多に無いことで驚いたけど、それすら眠気に埋もれて消える。
何か寄り掛かれるものが欲しい。そう思っていたら隣の水谷が身体をくっ付け、オレの腰へ手を回した。こういう体勢は支えてもらえるから歩きやすいし、水谷へ体重を預けられるから楽だった。
でも腰を強く掴んでいる手がなんとなく不思議だった。オレの身体を受け止めておくなら、別に肩でも十分じゃないだろうか。背中に水谷の腕が当たる。距離が近い。
街灯に照らされ、二人の影が路上へ伸びる。いくら酔っているとはいえ、こんなふうにくっつきながら歩道を歩いているのってどうなんだろう。寄り添う影を目にして今更そんな疑問が湧いた。ぼんやりと眺めると、オレより水谷の影のほうが長い。光の角度のせいかもしれない。高校のときもわずかに水谷のほうがでかかったけど、今の差は歴然だった。
「お前あれから背伸びた?」
声を出してようやく、ろれつが回っていないことに気づく。
「多少は」
「へー」
水谷の口数は少ない。多分オレの身体を支えるほうに神経を集中させているからだと思う。
「なんかどんどんかっこよくなっちゃうな……」
ふとそんな感慨がわき、せき止めるものなどなくそのまま口から出て行く。言葉は白いもやになり、すぐに夜の闇へ馴染んで溶けた。酔っ払いの独り言だと解釈したのだろう、水谷は何も答えない。オレは多分、相当酒くさい。
「そのたび追いかけたらダメだって思う」
「なんで」
「なんでだろうな」
そこまで深く理由を探したことはない。けれど今も、高校のときにも、そんな戒めを持ち続けているような感じがする。水谷がメディアに露出すればするほど、与えられた言葉も態度もどんどんリアリティが薄れていく。
元々のかたちを保ちつつもかっこよくなって、色んな仕事をこなしている様は、同じ部活だったオレとしてもとても誇らしいことだった。
しかし、オレは意図して水谷を見ないようにした。どうしてなんだろう。