ゴーストQ
それからどれぐらい時間が経ったのだろう。加減を知らない呼び鈴の音で目が覚めた。明らかにボタンが連打され、警報のように部屋へ響いている。宅配便だったらこんな押し方はしない。得体の知れない人物に少し恐ろしくなって、忍足で玄関へと赴いた。
レンズ越しに見えたのは水谷の姿で、オレは思わず「げ」と声を出してしまった。インターフォンでは埒が明かないと判断したのか、次はドアをどかどかと叩き出した。その衝撃でドアが揺れる。どうしよう、会いたくない。
台風が過ぎるのを待つようにその場でじっとしていたら、突然辺りが静かになる。耳を澄ませていたら、ドア越しに会話が聞こえる。
「うるさいんですけど」
「あっ、すみません」
どうも隣の住人から水谷が怒られたようだった。何の係わり合いもない隣人が今日だけは心強く思える。
ピンポーン。
今度はやけにゆっくりと音が響く。なぜなのかはわからない。確かめる余裕もない。
その余韻が聞こえなってようやく、オレはまたドアスコープを覗き込む。誰もいない。ほっと胸を撫で下ろす。今水谷と会ったって、オレは何も言えないし、どんな態度も返せない。多分下を向いて突っ立っているだけだろう。
あの日みたいに?
それが高校生のときなのか、この間駅で会ったときなのか判別できないほど、オレは水谷と向き合うと下ばかりを見ていた。
もう大丈夫だろうか。内鍵をかけたまま、辺りの様子をそっと伺う。その隙間に昨日履いてきたものと同じ水谷の靴が見える。しまった、と思った。中から注ぐ明かりに気づいた水谷がくるりと身体を返す。
「おい」
すかさずドアを閉じようとしたが、滑り込むようにひざを挟め、水谷の脚に阻まれた。
「中入れさしてよ」
「嫌だ」
「なんで?」
「嫌なものは嫌だ」
顔も見ず、ドアノブだけを必死に握り締めていた。しん、と場が静まり返る。もう用はないだろうと、さらにドアを引いたら水谷が喚く。
「ちょっ、痛いんですけど!」
だったら差し込んでいる脚を今すぐ抜いてしまえばいい。それくらい水谷だって知っているはずだ。
「お前何しに来たの? 帰れよ」
「メールは返って来ないし、電話はずっと話し中だと思ったら電源切れたから、心配して来たんじゃん」
「あっそ」
「……それと栄口が不安になってる気がして」
「なってない」
矢継ぎ早に返す声が淡々としていて、それが自分でも嫌だった。メールは見ないで消したし、電話は取らなかった。別に水谷から心配される必要性を感じない。
「帰れよ」
「いだだだ!」
ドアをわずかにこちらへ引き寄せたら、水谷はひどく痛がった。そんなにきつくしたつもりはなかったから動揺してしまう。
「ちょっ! 栄口? マジ痛いんですけど!」
「ばっ、バカ! 脚戻せよ!」
「だって動かないし!」
そう訴えるので、オレはドアを外側へと広げようとした。しかし少し動かしただけで水谷は悲鳴を上げる。
「いってぇ!」
「ごっ、ごめん!」
慌てて謝罪し、水谷の顔を見た。本当に痛そうな表情を浮かべ、苦しそうだった。
「つか一旦鍵外してくんない?」
「えっ?」
「ななななんか膝のへんから血出てる気がする!」
「まっ、マジで?」
「早く!」
急かす声が頭の中に響いたら、すぐにでもそうしなければいけないようでチェーンを外した。あれっ。こんなことしたら、水谷はきっと……。
すごい力でドアがこじ開けられ、恐ろしくなったオレは掴んでいたノブを離してしまった。