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ゴーストQ

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『また会えるかな』



 オレを追い越していった黒いコートは、階段をがむしゃらにひとつ飛ばしで駆け上がっていく。おそらく自分も同じように急がなければ間に合わないと知っていたけれど、その革靴があまりにもうるさかったので完全にやる気が削がれた。アルコールが入っていて身体が重いせいもある。
 最後の一段を踏んだときドアは閉じ、わずかな間を置いて電車がゆっくりと動き出す。あの黒いコートがホームに見当たらないということは、走れば多分乗れたのだろう。
 でも、まぁいいか。そんな言葉とともに妥協が身体に満ちてくる。車体は徐々に速度を速め、まっすぐな風になって先へ先へと流れた。前髪がわずかに風になびく。オレはただそこに突っ立って、電車の色をぼんやりと眺めていた。
 切れ端が、ひゅん、と音を立てて目の前からいなくなる。酔っていたオレの思考回路は知らない間に停止していて、電車が去ったあともそこにある景色を見続けていた。隙間ほどの狭い夜空は濁った紺色をしている。気温が低いせいか、蛍光灯の色がいつもより眩しく感じられた。真正面の壁には笑顔の男性が電話をしている広告が掲げられ、その下がった目じりはどこかで見たことがある気がした。
『また会えるかな』
 でかい広告にひとつだけ添えられた言葉を心の中で読むと、自分のものではない、誰かの声で再生された。
 みるみるうちに酔いが抜け、オレは反射的に目を逸らしてしまった。こちらへ視線を投げかけているとはいえ、たかが広告だ。そんな自分の気持ちの弱さが嫌になる。その場で待つことが居心地悪く感じられ、広告が視認できない所まで退避したい。
 隣のホームに電車が到着し、背後で轟音が響く。ここにいてはダメだ。開け放たれたドアから階段へと向かう人が押し寄せる。その流れに逆らって、ずかずかと奥へと進む。要は逃げ出したのだった。
 また会えるかな、が水谷の声で再生されたのは、ここ最近頻繁に流れるCMのせいだった。マフラーにあごを埋めた水谷が鼻歌交じりで玄関のドアを閉じる。おもむろに携帯電話を取り出し、誰かと楽しげに会話を始める。最後に水谷はおやすみを告げるのだが、何か思いついて慌てて相手を引き止める。少しの間を置き、急に真剣な顔つきになったあと、「また会えるかな」とだけ言って笑ったら、映像が携帯電話会社のロゴへ切り替わる。
 その壁広告バージョンがさっき見たものなのだろう。びっくりした。単にサイズが大きいというのもあるけれど、文字として書き出された台詞復唱してみたら、CMの水谷がありありと蘇ってくる。芸能人の水谷をほぼ毎日間接的に目にするたび、いつもその圧倒的な印象に驚いてしまう。
 あれから二年経ち、普通の高校生から普通の大学生へと平行的な変化しかしていないオレとは違い、水谷は階段を軽快に駆け上って今や超人気アイドルになっていた。
 アイドルという言い方は少し違うかもしれないが、水谷はモデルでデビューして、その年の夏にはチョイ役でドラマに出て、最近では時々バラエティ番組でもキャーキャー言われているから、あの持て囃されかたは正にアイドルという呼称にふさわしい気がした。
 しばらく進むとあの広告は小さくなり、『会えるかな』という文字も視認できなくなった。ずいぶん前のほうまで来てしまったらしく、オレの他には携帯をいじっている男性以外おらず、ホームは閑散としていた。ともかく電車が来るまでのあと数分、ここで待つことにした。
 アイドルはやはり仕事が忙しいらしく、今日の西浦高校野球部同窓会へは出席してこなかった。しかし話題は水谷のことがほとんどだった。だっていつも一緒に部活していた奴がテレビの中で活躍しているのだ。皆一様に『芸能人』になった水谷の変わりっぷりにびっくりしていた。
 中でもこの間リニューアルした整髪料のプロモーションがみんなの印象に残っているようだった。髪型に合わせ、何人かのモデルを使って各々のスタイルを提示するもので、その一人に水谷が選ばれていた。
 おそらくオレが一生着こなせないだろう、奇抜な服を身にまとった水谷が、上着のポケットへ手を突っ込んだまま座った目でこちらを向いている。モノクロの写真なのに目の光がやたら瑞々しくて怖かった。以前より少し伸びた髪が空気を含ませるように癖づけしてあって、ラフだったかルーズだったかよく覚えてないけれど、赤字で大きくそんなことが書かれてあった。あのポスターは雰囲気がありすぎて、水谷なのに水谷とは違う人物のように思えた。オレはあいつがこういう顔もできる奴だったとは知らなかった。

作品名:ゴーストQ 作家名:さはら