コバラスキマロ
拳をそっと手のひらで覆い、ゆっくり解こうとしてみる。熱を与えるとだんだんと緩んでくる。居心地悪そうな栄口の耳元で、オレは今日初めて語りかけた。
「声出していーよ?」
「バカか……」
余裕ぶっているけれど、本当はすごく声が聞きたかった。でも正直にそれを告げたら幻滅されそうな気がする。
「手も、ほら?」
オレが暖めていたせいか、関節からはだいぶ力が抜けていた。そっと手首を取り、オレの肩へと当てた。
「ここ掴んでれば?」
居場所を与えてあげたら、栄口の顔からちょっとだけ緊張が解けたみたいだった。そうだよな、不安だよな。残った片腕も持ち上げ、同じように乗せる。されるがままの栄口が面白い。
「ふっ」
「何笑ってんだよ……」
質問に答えるつもりはなかったから顔を近づけた。被さってきたオレを避け、肩に置いてあった栄口の腕が後ろへ回る。背中へ触れたその手のひらに、まだ遠慮が残っていた。仕方ないか。いきなり全部とは言わない。少しずつ、こちらへ預けてくれればいい。
呼吸のタイミングがなぜか一緒だったから、引き寄せられるように唇を重ねた。栄口の方から目を閉じたのが意外だった。いつもオレが先なのだ。そんな些細なことが嬉しい。おずおずと舌を入れてみても嫌がったりしない。薄目を開けて表情を伺うと、ぎゅっと目をつぶっているせいか、目元が少し赤くなっていた。
粘膜を丁寧になぞるたび、栄口はか細い声を出す。意識がないときより断然こっちがいい。栄口としては逃げてるつもりなんだろうけど、狭い口の中で追い立てるとすごく興奮する。舌が絡むとぞくぞくして、もっとその感触を味わいたくなる。さっきはぬるいだけだったのに、今は中がだんだん熱くなっていくみたいだった。二人でするって結構すごい。
「は……」
唇を離したら、大きく息を吐かれた。少しぐったりした様子の栄口が隙を見せているうちに下肢へと手を伸ばす。ベルトの金属音が響き、栄口が一瞬身構えた。
今だけは絶対「いい?」なんて聞いたりしない。だってそんなこと言ったら必ず「だめ」って返ってくるじゃん。栄口だってオレがこれから何をするかくらい見当ついてるはず。嫌だったら起きた時点で蹴飛ばしてるだろう。
ベルトを緩めた片手が勢い余ってボトムのボタンも外してしまった。栄口が小さく「う」と怯えたような声を出したから、その表情を確かめた。やっぱり怖がっている。でもここまでして「はい、やめます」とは引き下がれない。
顔を見合わせていると、どんどん栄口へ不安が広がっていくのが伺えた。どうにかしてあげたいけど、こればかりはどうにもならない。ようやっとしたかったことができるのだ。だからまたキスをする。それで誤魔化そうとした。
栄口が目蓋を伏せたのを合図として受け取った。腹の皮膚を伝い、わずかに開いた隙間へ手を潜り込ませてすぐのことだった。突然鳴り出した電子音に、オレも栄口もびくりと身体が跳ねた。
悲しいかな、それは昔のアニメの主題歌で、なんとも間抜けな歌声が緊迫した部屋の中に響いている。とてつもなくシュールだった。
「水谷、電話……」
栄口もその曲がオレの携帯の着信音だと知っていた。そういうふうに着信音を設定したオレは、電話をかけてきた人が誰なのかもわかっている。ちくしょう、出ておいたほうが良さそうだ。