雨と恋と狼さん
「助かるよ。本当にありがとう」
「ん。じゃあ、行くぞ」
二人並んで歩く、雨音の道。
心なしか、一時よりは雨脚も治まっているような気がする。
それでも大雨だという事に変わりはなく、足元を見れば、スニーカーが水を吸って変色し始めていた。
「こんな土砂降り、久しぶりだよねぇ。お陰で、傘の事なんて頭の中になかったよ」
「いやいや、お前が出勤してきた時には、結構雨空広がってただろ」
「だって、降っても小降りくらいかなぁって高括ってたからさぁ。今日は慌ててて、天気予報も見れなかったし…」
「そうかよ。まぁ、俺がまだ店に残っててよかったな」
「…本当感謝してます」
軽快にリズムを刻む会話だったが、それも時が経てば薄れていく。
要するに、話のネタが切れた。
饒舌に動く口は、彼の前では上手く作動してはくれないのだ。
最近佐藤くんと恋人同士になったのだけれど、まだ照れ臭さが勝り、上手く接することが出来ないから。
仕事場以外でこうやって二人きりになるのは、お付き合いを始めてから一度としてなかったなぁと考える。
今日が、初めて。
大好きな君とだから、こんな何ともない“初めて”が嬉しくも気恥しくもある。
(ああ、駄目だ。絶対今にやけてるよ、顔上げらんない)
黙って俯くと、それに気付いた佐藤くんが急に動きを止めた。
「相馬?どうした、どっか具合でも…」
「えっ、あ、違うよ!大丈夫、」
少し身体をこちらに向けている佐藤くんを見て、目を見開く。
佐藤くんの肩が、濡れていた。
(俺のせいで、身体、はみ出ちゃってたんだ)
なのに、俺は全然濡れてはいない。
優しい佐藤くん、本当に、涙が出る程愛おしい。
「佐藤くん、肩…」
「あ?…ああ、これくらい、別にどーってことねぇよ」
そうは言われても、招かれざる客である俺は、心底居心地が悪い。
(ちょっと間合い持たせすぎたかな…もうちょっとくっ付いた方が、いい、かな)
歩を進めながら、ゆっくり、ゆっくりと距離を縮める。
(佐藤くんのため、佐藤くんのため…)
そう自分に言い聞かせながら、また少し、少しと佐藤くんとの距離を縮める。
くっつくかくっつかないか、微妙な距離。
その隙間が、俺の心臓を煩く叩き出す。
「あ…あともうちょっとでコンビニ、着くね」
「あ、ああ…」
あれ?心なしか、佐藤くんの声が上擦ってる気がする。
そんなの、いいようにしか解釈できない。
佐藤くんも、俺にドキドキしてくれてるんだ、って。