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甘ったれと甘やかしと隕石とストレス

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 こんぐらいだけどな、なんて軽く一抱えぐらいの大きさをつくってみせる男の白いシャツが黒くすすけ、長いきれいな髪が、よく見るとおかしい。
「・・・もしかして、おれをかばった?」
「・・・好きでしたんじゃねえ。条件反射ってやつだ。っつ、なんだよ?」
 その、おかしい具合に切り落とされたような髪をつかむ。
「ありがとう」
「 ――――― 」 
「そのさあ・・・・、おまえがそんなに優しいと知らなくて、っていうか・・・ここにいるのって、おれと、おまえ、だけだよな?」
「はあ゛あ゛?いったなにってえ!!髪をはなせえ!」
「あのね、すごく、言いにくいんだけどぉ・・・」
「上目で、もじもじすんな。気持ちわりい。はなせ」
 言われて慌てて離し、思い切って言った。

「 あの、・・おれ、おまえの名前は知ってるんだけど、自分の名前、さっきから思い出せないんだけど・・・ 」

「・・・お゛い・・・冗談にしちゃ、おもしろくねえぞお」
「・・・えっと・・・」
 あ、なんだろう。きっと、すごく怒らせてしまった。
「だって、本当に、その・・・お前の名前と、真っ白になった衝撃は思い出せるのに、他のことは、なんか霞かかったみたいに、はっきりしなくって、その、おれ、自分でも、よくっ・・・」
 いきなり勝手に、涙があふれた。恥ずかしすぎる。同年代の男と見合ったままいきなり泣き出すなんて。
 顔をふせ、布団をかぶった。
「――― おい 」
 低い声。きっと、さらに怒ったにちがいないが、こっちだって正直、自分の頭に怒りたい気分だ。
 さらに、おい、と声がかかる。
「―― どうやら、思いつきの悪い冗談じゃあ、なさそうだなあ」
「っじょ、冗談なんかじゃ!」
 思わず起き上がって見上げた相手は、驚いたことに、眉をよせて困ったような顔で見下ろしてきた。ひどく、おおきなため息を聞かされる。
「――― わかった。とにかく、わかってることだけ、言ってみろ」
「へ?」
「自分のことで、わかることを話せってんだ」
「あ、えっと・・・・」
「酒が必要ならこっちに来い。おれは、酒が必要だあ」
 どん、とやつ当たるようにドアをあけ、銀髪は先に部屋を出ていった。
 
 追いかけていけば、リビング奥の簡易バーの棚をあけ、数本の酒を取り出している。一つだけグラスが出ているということは、この男が飲んでいたのだろうか。
 だされた濃い飴色のそれにゆっくり口をつける。
「えっと・・・、きっとおれ、酒にはそんな強くないと思う・・」
「正解だあ」
「あと、・・・お前とは確か・・・イタリアで・・」
「『で』?」
「知り合ったのかな?なんだか長い付き合いのような気がする」
「・・・・まあ、いちおう、なあ・・・」
「あと、その手は義手だよね?たしか、事故で・・えっと、水難事故だっけ?」
「・・・・・・・」
「なに?違った?―― 怒ってる?」
「いや、いい。じゃあ、お前とおれは、何で知り合ったんだ?」
「う〜ん・・・そのへんはわかんない」
「―― てめえの仕事は、なんだ?」
「おれ?・・・なんか、たくさんの人と仕事してたような・・・いや、なんだろ・・ひどく面倒で、疲れる仕事だったような・・・」
「つまり、まったく覚えてねえってことかあ?」
 ひどく、いらだったような大声で確認された。
「・・・ごめん・・。あ、でも、おまえとは一緒に仕事してたんじゃない?」
「・・・なんで、そう思う?」
「え?―― なんか、そうであって欲しいって思ったからさ」
「 ――――― 」
 にらむような、まずいような、おかしな顔でみつめられ、違ったらごめん、と肩をすくめる。
「あとは、まったく思い出せないよ。なのに、おかしいなあ・・」
 思わずひとり、笑いがこぼれた。
「なんでだろ?まったく不安じゃないや」
「そりゃそうだろ」
「え?」
「なんでもねえ。とりあえず、三日ぐらいは様子見だなあ」
「ここにいるってこと?」
「休暇中だしなあ。まあ、じっくり楽しむとしようぜえ。おまえの名前は、つなよし、だ」
 いくぶん馬鹿にしたように、男はグラスをあおった。






      ――――― ※ ※ ―――――






 焼け焦げた銀髪をゴミ箱に見下ろし、着られなくなったコートもそこにつっこんだ。
 部屋に戻っても、仕事用の通信機械を前に、その回路を開くことはしなかった。自分でも、頭がおかしくなったのかと思う。所属組織のトップが、記憶を飛ばしてしまったのだ。なのに、それを、本体に知らせようとは思っていない。
「 ―――― ふう・・・」
 思わず天井をあおぐ。部屋にもちこんだ酒瓶は、すでに中身が消えている。
 あのとき、 ―――。
 白い衝撃に包まれたとき、どうにか奴を抱えて跳んだが、距離がとれず、そのまま一緒にプールサイドに叩きつけられた。
 バスルームの鏡に映ったおのれの身体には、左半身に打ち身痕。
 まあ、こんなもんケガのうちにははいらないので気にはならない。抱えた相手は腕のアザだけで済んだようだし、問題はない。
   が。
 ――― 頭は、守ったはずだ。打っちゃいねえ
 足元の泡を見送りながら考える。
 ――― それならば、やはり、心の問題か
 舌を打ちたいのをこらえる。
 ――― 逃げやがって・・・
 思い出せないのに不安ではない、と微笑んだ男の顔を思い出し、奥歯をかんだ。










 「おはよう」、なんてすがすがしい挨拶を耳にして、一気に眼がさめた。

「・・・・う゛おおい・・・どうしたあ?」
「は?朝だから、起こしに来ただけだけど・・・。あ、ご飯できてるから」
「・・・あ゛あ゛?・・・だれが、つくったんだあ?」
「おれしかいないじゃん」
「・・・・・・」
 ベッドに身を起こした男が額をかかえるように了承したとき、ドアから半身を突っ込んでいた男は気付く。
「わ、何?その変色?・・・ってか、おまえ、もしかして・・」
 ずかずか入り込み、裸の男の半身を押さえ込んで見下ろすその態度は、平常時と同じ強引さだった。
「おい・・・離さねえと、ぶっとばすぜえ」
 怒りをにじませ忠告すれば、とびのくように離れる。
「ご、ごめん、でも、それ、冷やさないと」
「こんなもんすぐ治る」
「ええ?そんなおかしいよ。おれのアザは冷やせって言ったくせに、自分のは放っておくなんて」
「てめえとは、身体のデキがちがうんだあ」
 ちらりと見返せば、顔を赤くして「むかつく」と返す童顔は、普段と変わらないものだ。
「―― おい、なんか、思い出したか?」
「え?・・・ううん、なにも」
 困ったような、あいまいな微笑が返る。
「―― ずいぶんと、てめえにしちゃ早起きだなあ」
「え?そうなの?」
 いやみのひとつも、通じない。
「とにかく、ご飯冷めちゃうから、早く来いよ。後で、シップはってやるからさ」
「必要ねえって言ってるだろおが」
「―― あのさあ」
「あん?」
「・・・もしかして、おれたちって、・・・すごく仲悪かった?」
 いくぶん不安げな声。
 それが、よけいにスクアーロをいらだたせた。
「―― いいか?教えておいてやる。おれと、おまえは、友達なんかじゃねえ。昔も、この先も、だ」
「・・・・・・」