甘ったれと甘やかしと隕石とストレス
「おれは、おまえに過去のことを教えてやる気はさらさらねえぜ。どうしてここに二人でいるのかもな」
「―― でも、・・・かばってくれた」
「!?っそ、それはべつに」
ふにゃり、と、懐かしい笑い方が浮かぶ。
「友達じゃなくて、仲も良くないのに、庇ってくれたんだろ?―― おまえって、いいやつだなあ」
「っはあ゛あ゛アア?」
「食材がいっぱいあって、つくりがいがあるよ」
早く来てね、なんて笑顔を残され、何も言い返せなかった男が食堂に現れたのは、それから五分ほどたってからだ。
ジュースをすすりテラスで待っていたらしい男もテーブルにつき、自然と穏やかな朝の食事となる。卵料理に温野菜サラダに焼きたてのパンって、どこのホテルだ?
「―― なんか、ほとんど下ごしらえとかできて冷凍されてるんだよ。パンだって、このままオーブンで焼くだけになってるし」
言い訳のように童顔がフォークをふりまわす。
「どんな馬鹿でも用意できるってわけかあ?」
「そうそう、・・・・って、おまえな・・」
「腕、どうだあ?」
「おれのアザなんて、おまえのに比べたら、かすり傷にもならないだろ?」
「いいから、みせろ」
取り上げようとしたら、うまく逃げられる。
「―― 身体は、覚えてるらしいなあ」
「は?何を?」
「なんでもねえ。それより、おまえ、このまま記憶がもどらなかったら、―― どうする?」
「・・どうする・・って?」
朝の光に、大きな瞳が透けるようだった。
「―― おまえが、この先を決めろってことだ」
「『先』?そんな、過去もわからないっていうのに?」
「・・・わからねえから、決めちまえって言ってんだあ」
ベーコンに卵をからめとり、銀髪が不敵に笑う。
「―― 逃げるなら、おれがそのケツを蹴ってやる」
「逃げる?・・・なぜか、その笑顔を信用しちゃいけない気がする・・」
「はん。おもしれえ。『直感』が健在ってことか?」
「何?・・・もし、おれが逃げるってきめたら、――― お前も、一緒に来てくれるわけ?」
「はあ゛?なんでおれが?冗談じゃあねえ」
「だよなあ・・・。おまえは、 ――― っれ?なんだっけ?・・・おまえって、なんか、どっかに、すんげえ重りが付いてるような気が・・・」
「てめえよりマシだあ」
「え?」
不毛な会話は、そこで打ち切られた。
空も、海も、澄んで青い。
午後になり、まったりと過ごしていた銀髪男の頭上から、ねえ、海いこうよ、と童顔の声が降ってきた。
顔をみれば、えらく期待をこめ、外を指している。
「―― 行ってくりゃいいじゃねえかあ。黒くてでかい宇宙からの石が、めり込んでてめえを待ってるぜえ」
「一緒に行こうよ」
「一人で行ってえええ!さわんなああ!!」
「ほら、やっぱ左側痛いんだろ?」
「てめえが押すからだろおがああ!!」
転がっていたカウチから起き上がり、手にした雑誌で童顔の頭をはたく。
「いっでえ!なにも叩かなくても・・」
「触るな!近寄るな!」
「ええ?だって、二人しかいないんだよ?遊ぶ相手が」
「何度も言うが、おれはてめえの友達じゃねえ!」
叩かれた頭を押さえた男が、でかい目をさらに丸めて口をひらいた。
「―― じゃあさ、今から、友達になろうよ 」
――― 不覚にも、数秒、見合ってしまった。
「・・・おまえ、やっぱ頭打ったのかもしれねえなあ・・」
「え?コブはなかったよ」
「わざとか?」
「は?なにが?」
「なんだか、・・・昔の・・なんでもねえ。よし、じゃあ、着替えてこい」
「―― は?何で?」
「あそこで、遊んでやる」
顎で示された場所をみて、童顔の顔がひきつった。
――― どうやら、当たったみてえだなあ・・・
着替えて現れた童顔は、顔色が悪い。
「・・・ねえ、ここって、どのぐらいの深さ?」
「たいしたことねえだろ。せいぜい三メートル」
「三メートル!?」
のぞきこんだプールの水は、海とは違う青だ。そのうえ、温度も暖かいぐらいに保たれ快適なのに、童顔は入ろうとしない。
先に、銀髪がきれいに飛び込んだ。
「―― どうしたあ?早くこい」
「い、・・いや、その・・・。ねえ、もしかして、おれって・・」
「泳げる」 ―― そうだ。泳げなかったのは、昔のはなしだ。
童顔は、不安げに銀髪と水面をみくらべ、そろそろとふちに腰掛け、足先をつけた。
「っち、風呂に入るんじゃねえんだ。さっさとはいりやがれ」
「いや、むり、むりだから!ぎゃあ!やめろおお!!」
もぐった銀髪が、浸かった足首をつかみ、引きずり込んでやった。
しばらく、童顔がぎゃあぎゃあとわめき、ばしゃばしゃともがくのを眺めていたら、最後に大きく息を継ぐ音を残し、――― 沈んだ。
「っげ、ほ、っが、も、もお、やだあ!!」
「じゃかあしい!!耳元で叫ぶなあ」
「だ、だってえ、おれ、泳げないよ!」
「―― どうやら、そうみてえだなあ」
「そ、そうって、さっきおまえ!」
「おれの知ってる今のお前は、泳げる」
「・・・・え?・・」
水に浸かりながら、自分にしがみつく童顔を、つめたく見下ろした。
「―― てめえ、・・・過去に逃げやがったな?」
「な、に?」
「責任も何もない頃に戻って楽しいか?」
「・・・なにを・・」
「―― おもしれえ。 無意識でこんなことになってんなら、てめえはとことん間抜けだあ。そのうえ、相手を間違えたなあ」
「あいて?」
「―― おい、つなよし。今から、友達になってやる」
「・・・え?」
「このまま、力ぬけえ」
「へ?わっ、」
銀髪は、童顔を抱えたまま、ゆっくりとプールの中を漂い始める。
「しがみつくなあ。落としゃしねえ」
「あ、・・・うん」
濡れた銀髪を見上げる。普段は隠れた額もさらされ、きつくしかめられていることの多い眉間にも、シワがない。
長い首に、からめたままだった、片腕をゆっくりはずされる。
「片方だけでいいだろ」
静かに指示され、頷く。男の右手が、童顔の腰にまわされた。軽く、支えるように。
ぱしゃぱしゃと、静かな水音。 つかまったままの、回遊。
「―― 気持ちいいかあ?」
「・・・うん・・」
恥ずかしくて顔をふせた童顔の腰を、添えた手がなぜた。
「なら、いい」
「 ―――― 」その、優しい声音に、つい、顔を見てしまう。
「どうしたあ?顔が、赤いぜえ」
「べ、べっつに・・・。ただ・・その・・。―― ありがとっ、つ! 」
とたんに、水音をたて動きがとまり、銀髪に顔をうわむかされた。
「―― 礼を言うなら、顔をみて言えぇ」
珍しく、笑いをこらえるように。
日の光に輝く銀の髪を後ろに流し、切れ長の眼が見下ろす。
「あ・・・りがと・・」
なんだか、ひどく小さな声になってしまったが、相手は了承するように口端をあげた。
「なら、もう一周してやる」
「 ―――― 」
もう、何も言えずに、しがみついているしかなかった。
結局、そのままずいぶんとながいこと、水の中ですごした。
最後のほうには、童顔も、どうにか一人で浮けるようになり、犬かきのように小さくもがき、移動できるまでになった。
「ふやけちゃったよ」
「おれもあがるぜえ」
作品名:甘ったれと甘やかしと隕石とストレス 作家名:シチ