こらぼでほすと 拉致7
再始動の時がきたら、ニールはラボに陣取りたい。今は出入り禁止を食らっているが、土下座してでも許可は貰うつもりだ。そこでなら、組織の正確な情報が手に入る。待っているだけだとしても、状況ぐらいは知っておきたい。自分には、ラボに居られるだけの力はある。それは、出入り禁止を食らった出来事でも明らかだ。なんだかんだと三年もラボには出入りしていたから、オペレートはできるし、整備の人間とも顔は繋いである。パシリでもいい。なんでもいいから、ラボへの出入りだけは許可を貰おう。そんなことをつらつらと考えていた。
『吉祥富貴』からの暗号通信を受け取った時、刹那はフリーダムを隠して現地調達したジープで移動していた。さすがにアフリカンタワーにフリーダムで接近するのは危険すぎたからだ。稼動する軌道エレベーターは、ふたつしかない。これが太陽エネルギーを地上へ降ろしている要だから、警備も強固なものになっている。かなり離れた場所にフリーダムを隠していたので、返信してから引き返すにしても時間がかかる。それに、まだアフリカンタワー周辺を三百六十度、チェックしていなかった。再始動すれば、ここも重要なポイントになる。だから、チェックは完璧にしておかなければならない。電脳空間からの情報だけでは心許ない。実際に視認するのが一番安全だから、それをクリアーしなければ戻ることもできない。だから、親猫のことは、頭の片隅に追いやって、せっせと周辺をチェックした。時間を短縮するために、昼夜を無視したが、それでもアフリカンタワーは大きかった。ようやく、おおよそのチェックが終ったのは、年を越えていた。
親猫が風邪をひいたのなら、本宅かラボで治療されている。だから、命の心配はしていない。ただ、具合が悪いなら、側に居たいと刹那は思う。
「具合が悪い時は人恋しくなるもんなんだ。だから、恥ずかしいことじゃないし、このほうが落ち着くんだよ。」
刹那が熱を出した時は、いつも親猫は、そう言って一緒に寝てくれた。だから、親猫が熱を出した場合は、刹那が側に居たいと思う。そう教えてくれたのは親猫で、たぶん、あれは親猫もそうして欲しいからだ。
組織を離れてから、刹那も親猫のことが少し判るようになった。自分より八歳年上で、マイスター組リーダーで、いつも冷静に対処する親猫は、実は寂しがり屋だった。それも過剰に寂しがり屋だ。今から考えれば、そういう片鱗はあったのだが、刹那が子供で気付かなかった。なんせ、ハロをずっと離さなかった。デュナメスの操縦補助に必要なハロだったが、それは出撃時の場合のことで、普段は、そこまで持ち歩く必要はなかったはずだ。それが、朝から夜までハロが整備や調整で呼ばれない限りは持ち歩いていた。
それは、独りになることが苦手だったのだと、今は理解している。親猫は、何も言わないが、刹那が側にいると嬉しそうに笑うからだ。具合が悪くて起き上がれなくても、刹那を見つけると、安堵した瞳になる。それを見て、刹那もようやく理解した。親猫が子供の頃に受けた心の傷は、それほどに大きかったのだ。深くて消えない心の傷を抱えているから、親猫は、刹那たちに心を砕いていた。自分がそうであるから、できるだけ、そういうものを癒せるように、と。そして、刹那からは受け取ろうとはしなかった。心の傷が痛むから、だ。組織に居る時は、気付かなかったことだ。
親猫が、『吉祥富貴』の居場所を変えて、何度か喧嘩した。それまでは、何を言っても流していたのに、親猫が流せなくなったからだ。刹那が考えること思うことを真正面から吐き出したら、親猫は、ようやく受け取ってくれた。深くて消えない心の傷は、誰にだってある。特に、マイスターは、みな、何かしら持っている。刹那だって持っている。それは、消えるものではないが薄れさせることはできる。かつて、刹那が親猫に過保護に世話されていたことや、親猫の両親を殺した組織に所属していたことを知られた時も、結局、親猫は刹那を突き放さなかった。もちろん、罪ではある。だが、裁くのは自分ではない、と、親猫ははっきりと言ったからだ。
・・・・あんた、本当にバカだろ?・・・・・
・・・・酷い言い草だな? 刹那。 おまえはマイスターとして世界を変えるんだろ? なら、俺も同じ事を望んでいる。同じなら一緒にやりゃいい。どうせ、俺たちは、いずれ世界から贖罪を求められる。その時、一緒に裁かれればいいんだよ。・・・・・・
そして、所属が変ってから、
・・・・もし、刹那たちが世界に裁かれる時が来たら、俺も一緒に逝く。同時には無理でも、おまえさんたちが帰って来なくなったら、俺は保たないだろうからな。・・・・・
と、刹那に言った。本当に寂しがり屋だな、と、フリーダムのコクピットで刹那は頬を歪める。ひとりになることが嫌いだから、一緒に逝くと言う。すでに、『吉祥富貴』に所属が変って、たくさんのスタッフに囲まれているのに、それでも刹那たちが居なくなると困るらしい。そんな親猫だから、刹那も生き抜く覚悟をする。いつ死んでも悔いなんかないはずだった刹那を縛るものができてしまった。それは辛い枷ではなくて、嬉しい枷ではある。だから、たかが風邪でも、刹那は慌てる。レーダーサイトのない海溝まで沈んで、ようやく自動操縦に切り替えた。少し眠って体調万全で、親猫の側に居座るつもりだ。もうすぐ、帰れなくなるから、今はできるだけ帰りたい、と、刹那も思っている。
三日の早朝に戻ったが、データの整理や整備で、結局、本宅へ送ってもらったのは夕方だった。虎と鷹が夫婦でついてきたが、そんなものは刹那は無視だ。本宅のヘリポートに降りて、すぐに、いつもの部屋に駆け込んだが、そこは藻抜けの殻だった。
「刹那、ニールなら二階。」
フェルトがやってきて、そちらに案内してくれた。休暇でフェルトも降りて来たらしい。
「俺は、まだ戻らない。」
「ティエリアも、そう言ってた。」
組織へ復帰しろ、と、言われる前に、刹那のほうから釘を刺したが、フェルトの返事ものんびりしたものだ。トントンと二階への階段を昇ったら、廊下に歌姫様と虎・鷹夫婦が待っていた。
「おかえりなさい。こちらですよ、刹那。」
ひとつの扉を指差して、歌姫様が微笑んでいる。風邪は治ったのか、と、刹那が尋ねると、「はい。」 という返事だ。
静かに扉を開くと、畳が敷かれて、こたつが設置されている。こたつの上にはみかんが籠で置かれていて、ひとつ、食べた形跡がある。盛り上がっているこたつ布団のほうに近寄ると、親猫が毛布に埋もれていた。昼寝に突入したので、本宅のスタッフが枕と毛布を届けてくれたらしい。
顔色は悪くないから、刹那もほっとする。トントンと肩の辺りを叩くと、もぞもぞと動き出す。
「ただいま、ニール。」
刹那の掛け声で、パチッと音がするほどの勢いで瞳が開いた。そのまんま起き上がろうとするから、黒子猫が上から押さえ込む。急激な動作は厳禁なのだが、どうも自分の親猫は失念するらしい。
「ゆっくり、だ。」
「・・ああ・・すまない。」
「遅くなった。」
作品名:こらぼでほすと 拉致7 作家名:篠義