こらぼでほすと 拉致8
「ほんと、暇だと碌なこと考えねぇーな。」
「ロクデナシのバカだからな。」
亭主に、そう言われてるんだ、と、ニールは大笑いしているが、ハイネの気分としては複雑だ。関わらせて寿命を縮めさせる真似はさせたくないが、知らないままに情報管制の敷かれたニュースを見て心を痛めさせるのもさせたくない。それぐらいなら、いっそのこと、真実の情報を見せてやるほうがいいのかもしれない。ただし、その情報は子猫たちの生死がダイレクトに親猫に伝わる危険なものでもあるのだ。
「なんで、俺に相談すんだよ。迷惑だぞ。」
「だって、おまえさんが一番攻略しやすそうだろ? 」
「おいおい。」
「なんだかんだ言っても、おまえさんが、一番、俺に情報くれてるぞ? 」
よく連るむようになったから、ついついハイネの口も軽くなっている。肝心なところは口を噤んでいるが、周辺の情報は口にしている。それを指摘しているらしい。
「・・・ママニャン・・・」
「ハイネがいい間男で助かる。」
「そんな評価いらねぇーよっっ。」
「荷物を持ったのさ、おまえさん。・・・俺っていう荷物を持っちまったからな。だから、俺には甘くなる。」
昨年の年越しに、そんな話をした。仕事柄、余計な荷物は持たない、と、ハイネは言ったが、内心でニールという荷物は抱えているつもりだった。見事にバレているらしい。
「今年から鬼畜モードの間男に変貌する。」
「別に構わないけどさ。」
「頼むから無茶してくれんな。・・・・ママニャンが自分で考えてるほど体調はよくないんだから・・・」
「ああ、そうだろうな。なあ、ハイネ。前から聞きたかったんだけど、俺、あとどれくらい保つの? 」
「え? 」
「おまえさんは知ってるんだろ? 俺、どう考えても良くなってないよな? むしろ、悪化してんじゃないのか? 漢方薬で、随分と楽にはなったけど、やっぱどっかおかしいんだよな、俺の身体。」
かれこれ四年近く、『吉祥富貴』で世話になっているが、最初に保護されてから、回復した形跡が無い。漠然とだが、ニールだって自分の身体が、どっかおかしいことには気付いている。無理をしなければ問題ない、と、医師は説明してくれるが、どうも腑に落ちないのだ。
ハイネのほうは質問されて唖然としたものの、けっっと舌打ちしただけだ。内心を見透かされるようなヘマはしない。
「そのまんま延々と生きてるさ。誰だって、いつ死ぬかなんて知らないぞ。」
「そうか? なんか保護された時より具合は悪くなってるような気がするんだけどなあ。」
「アタリマエだ。どっかの美人さんは、どんだけ無茶したか覚えてないのか? 回復が遅いって言われてるんだから、無茶すりゃ元には戻らねぇーに決まってるだろっっ。大人しく寺で女房してりゃ、体調はいいはずだ。」
「そう言われれば、そうだけどさ。」
余命幾許も無い状態ではない。ニールの場合、大人しく日常生活を送っていてくれれば、それほど危険ではないのだ。まあ時間の問題というのはあるのだが、それだって今すぐな話でもない。できるだけ引き伸ばせば、それだけ助かる見込みも増えてくる。それに、子猫たちが戻って来る場所でいてもらわないと、子猫たちすら生に執着しなくなる。だから、ハイネも、そのことだけはニールに言い渡す。
「なあ、ママニャン。割と死ぬっていうのは難しいもんだと思うぜ。俺、身体真っ二つにされたけど生きてる。」
「え、あーそうなのか。」
「あんたは、子猫たちを待ってやるって約束してるだろ? そういう場合、やっぱ死ぬのは難しいと思う。うちのオーナーが何がなんでも、あんたを生き残らせるだろうよ。どんな手を使っても、子猫たちが戻るまでは生かしておくはずだ。でも、それってさ、おまえさんの気力も大事なわけでさ、死にたくないって藻掻くぐらいでないとな。・・・・そこんところは解るよな? 」
「ああ。」
「だから、どこまで保つかとかいう問題じゃない。そこまで、死ねないってことだ。何年かかるかわからんが、まあ、その時間は生きてることになる。」
「うん。」
「でな、さっきの話に戻るけどさ。おまえさんをラボで働かせるのは無理だ。精神的に弱くなってるから、ちょっとのことで崩れる。だから、キラもオーナーもラボには出入り禁止にした。・・・・俺の話ぐらいで我慢してくれないか? 」
「・・あ・・いや・・だからさ。」
「本格的に動き出したら、人手が足りなくなる。その時なら、どうにかなるかもしれない。その場合、まず泣きつくのはじじいーずだ。キラに直接直訴しても、絶対に覆らない。じじいーずに口添えさせて、手伝いってことなら、どうにかなるだろう。たぶん、俺ら、その頃には宇宙に上がっているだろうから、こっちは手薄になる。そこが狙い目だ。」
結局、ハイネはラボの出禁を解除する方法も口にした。情報の全てを開示するのでなければ、問題はない。そこいらはキラが生体認証に組み込むだろう。それで、組織の様子が多少なりとも判れば、ニールも闇雲な心配はしなくてもいいし、じじいーずのトダカあたりなら、そこいらも宥めてくれるだろうという心算もあった。結論としては、ハイネもニールには甘いのだと実証された。
別荘に一泊して、翌日は寺に戻った。フェルトの休暇は、あと二日だ。七日の朝には軌道エレベーター行きの飛行機に乗らなければならない。
「おめでとうございます、今年もよろしくお願いいたします。」
子猫二匹を両脇に、親猫は亭主に深々と頭を下げる。亭主はこたつで、のんびりと午睡の体勢のままだ。
「それで、どうすんだ? 」
「別に、散歩ぐらいでいいって言うんですよ。」
とりあえず、お茶など用意しつつ、寺の女房が口を開く。短い休暇だから、どこかへ連れ出してやりたいと思っていたのだが、桃色子猫当人は、「ニールとのんびりしたい。」 と、おっしゃったからだ。
「なら、そこいら歩いてメシでも食えばいいだろう。」
「本当にいいのかなあ。フェルト、新しい水族館とか博物館とかもあるし、買い物だってさ。」
「いいの。料理してみたいから、お昼はやらせて。」
「じゃあさ、フェルト。お好み焼きしようぜ。材料買いに行こう。たぶん、シンたちも来るだろうしさ。」
寺にニールが戻ると、年少組がやってくるのは、いつものことだ。今回はフェルトも刹那も戻っているから、たぶんやってくるだろう。
「焼きソバも? 」
「ああ、ママにオムソバにしてもらえ。あと、もんじゃもやろうぜ。」
悟空も、そういうことなら、そういうもんでいいんじゃね? と、提案する。当人が家でのんびりしたいと言うなら連れ出すより、そちらのほうがいい。
「もんじゃ? 」
「お好みの緩いやつ。パリパリしてうまい。なあ、ママ。もんじゃの粉ってある? 」
「ごめん、切らしてる。」
「んじゃ、買う物をチェックしてスーパーまで行こう。刹那、午後から遊ぼうぜ。」
「ああ。」
悟空の言う遊びは、体術の練習だ。ここんところ、悟空もうだうだしていたから、そろそろ身体を動かしたくて、うずうずしていた。刹那なら、かなり本気てやっても避けてくれるので、いい運動にはなる。
作品名:こらぼでほすと 拉致8 作家名:篠義