仇
仁王から頼まれて俺の家にやってきたのはこれもまた結滞な髪の色をした丸井と言う人間だった。最初はめんどくせぇだのなんだのと文句を足れていたが兄を気に入ったのか俺が家を出る時には仲良く二人飯を食いながら笑い話をしていた。
仁王の友人なのだろうから俺は兄を頼むと一例すると照れくさそうに笑ってそっぽを剥かれた。
「あいつん家は家族満載だからの、いい気分転換じゃろ。それに飯でも奢ってやればなんでもやるぜよ」
「そうなのか。」
「ほら、いくぜよ。」
そういって着物の裾をひっぱられて走ると茜色の空がみるみる内に暗くなって行く。色町の赤提灯が見えた所で着崩れした着物を少しだけ直して門をくぐる。
「仁王、俺は柳の顔を知らんぞ。」
「そんなもんはばっちりじゃよ」
ニッと笑う仁王の着物の袖から写真が一枚ぺらりと取り出される。その写真には眼鏡の青年が黒い車越しに移る。着物ではなく洋服をきている。これが柳生じゃ。つまりこの青年を見つければ一緒にいる人間は柳である可能生が高い。
「あ、あいつじゃ。」
丁度入ってきた柳生をあっという間に見つけた柳生の目は細められて遠くの方をみつめる。俺も仁王の後ろでその一点をみつめると確かに写真の青年である事がわかった。育ちの良さそうな人間、そんな人間がどうして色町などに来るのか。
しかし柳生の他は見当たらない。青年は困ったように腕につけた時計を見る。あたりをきょろきょろ見渡す仕草をしている所を何人かの女郎に目をつけられて誘われているようだ。しかし青年は触られた洋服を祓い、冷たい目をして女を追い払った。
「なんじゃ、可愛くなか」
「おい、柳生はどうでもいいだろ」
「そうじゃな、しかし冷徹そうな奴じゃ。」
「あんなものだろう、きっと柳の者などもっと酷いに違いない。」
そんな事をこそこそと話しているとやっと待ち人がきたようで、柳生の顔はとたんに安堵したように笑顔になった。
俺はもう少しで柳の顔を見れると、心臓をはねさせる。憎い相手、あと一歩と言う所で俺は足がすくんだ。自分の全てを奪った男がこんなにも憎いのにこんなにも恐ろしい、足が、震えた。顔はまだ見れずじまい。
「しょうがない奴じゃの。先にわしがいってきちゃる。」
「すまん・・・」
仁王は作り笑顔をしていつものようにひょこひょこと着物をはためかせて行ってしまった。
五、
色町などに行くのは気が引けると思っていた、しかし父は世の中を知れと柳くんを巻き込んで私をこの場所におろしていってしまった。
色町などに世の中の理があるのだろうか。私は緊張や不安をまとい少し早めについた時間を立ち往生しながら潰していた。
柳くん、早く。と半ば願うようにしていると不安そうな表情が解ったのだろうか、派手な赤をまとった女性が結った髪を乱し着物をはだけさせたまま近寄ってくる。
煙草の煙のような臭いがする女性達に嫌悪しながら無言をきめこんだ。
「待たせたな。」
「いえ、少し車が早かっただけです。」
柳くんは少し前に父からご紹介頂いた同い年の柳家長男、読み物が好きでいつも自室に閉じこもって本ばかり読んでいるそうでこのさいだからと二人家からつまみ出され今の状況になってしまった。しかし完全に違うのは私とは打って変わって柳くんがこの状況を楽しんでいる事だ。
女性を抱く事にではなくこの色町と言う未知の世界に飛び込む事にだ。
「楽しそうですね」
「折角だからな、楽しんだ方が得だぞ?」
「はあ・・・」
私はずりさがる眼鏡の位置を直し半ばやけくそになりながらも柳くんの前を歩いた。
するとむこうの方から銀髪をしたやけに痩せた男はひょこひょこ走ってくる。
「オニーサン、さっき女を嫌がっとったのを見たんじゃが。俺なんかどうじゃ?」
「・・・見ていたんですか」
「奇麗じゃなぁと思っての。目が離せんかったんじゃ。」
男は派手な着物をだらしなく着ながら私の目の前をいったりきたりした。
「貴方はここで何を?」
「わからんか?そこらの遊女と同じじゃ。」
「何?なら男も身を売るのか?」
興味が湧いたのか柳くんは私を押しのけてその男に身をのりだして質問した。
「そうじゃ、どう?俺を買ってみんかオニーサン」
「ふむ、なかなか面白そうだ。」
「柳くん!!」
誘いに乗ろうとする柳くんを止めようと声を上げた所でもう遅く、柳くんは男の名前を聞き自分の名も名乗っている所だった。
「まさひろっちゅうんじゃ。よろしくな柳・・・・しかし、俺一人で二人相手はきついのぅ、ああそうじゃもう一人いるから呼んでもええか。」
「好きにするといい」
「柳くん、本当に男でいいんですか・・・?」
「なんだ柳生、そんなに女がよかったか?それに男色文化は今の流行り、父に話したところで叱られる事もあるまい。」
「それは・・・」
もう目の前の男を買う気満々でいる柳くんはきっと体を重ねる事を目的とせずあくまでこの色町の情報を手に入れる事にわくわくしているのだろう。目が輝いている。
「げん、でてきんしゃい」
げん、と呼ばれ出てきた男は銀髪の青年より体格がよく落ち着いた雰囲気でこの色町からは浮いている。男に目を奪われつつ柳くんの顔を覗く。
「や、柳くん?」
呼んでも返事すらしない、ただげんと言う男をみつめたまま微動だにしなかった。
六、
その男が現われた瞬間。俺は一瞬時が止まったかのように錯覚した。
媚びる事のない瞳に伸びた背筋、見るからに男と言う風貌だがどこかすらりと伸びた足が着物から少しだけ見えてしかし俺はそこに品と言うものを感じた。美しい人間だ、こんな男がどうして色町にいるのか。俺はどんどんその男に引き込まれていった。
「げんと言ったか。なんと言う字を書く?」
「弦、つるとよむ事もある。」
「弦楽器の弦か、なるほど、ますます美しいな」
「お、ヤナギさんは弦が気に入ったんか?じゃあワシはやーぎゅにしよ」
「!!!?呼び捨てにしないで下さい!」
「かたい事いいなさんなってやーぎゅ」
柳生は肩をくまれ戸惑いながらも顔を真っ赤にさせていた、まさはるとは違い弦は俺を見ようともしない。
「行くぞ。」
弦は感情の無い高雅な声で言った。
俺たちは店に入り茶漬けの夕食をとり長い事湯殿を使った。湯上がりの弦の顔は思いがけぬ若さで少し驚くが水がしたたるその髪を撫でてもビクともしなかった。相変わらず俺を見ようとはしない。
「弦、」
「やる気満々じゃの、ヤナギさん。んじゃやーぎゅ、むこういこ。」
気を巡らしたまさはるは柳生をつれて向かいの部屋へ消えていった。
「弦、まさか弦が本名では無かろう。本名はなんと言うんだ」
「弦一郎だ」
またしても素っ気ない。俺は弦一郎を膝の上にのせまだ湿っぽい髪を撫でる。
色町は初めてなのに体はどうすればいいのか知っているようだった。身長も変わらんような男を抱くとは思わなかったがしかし、今となってはもうそんな事はどうでもよかった。どうしても弦一郎の事を良くしりたい。
人に対してそのような感情を持つのは初めての事で正直な所俺ですら戸惑っている。