はじまる一週間(土曜日)
トムと静雄は取り立て屋を生業にしている。家に出向いて督促状を見せて、そこで事実を真摯に受け止めて金を払う場合はトムが出て穏便に済ませる。しかし世の中はそういった人間ばかりではない。
何事か言い訳を述べたり、それだけならば飽きたらず暴力に出るような輩だっているのだ。そういった時が静雄の出番である。普通に金を返さない不幸な債務者は静雄によって、ある程度怖がらせられたり気絶させられる事となる。その後静雄を宥めてからトムによって金を返して貰うようにしているのだ。
普段の静雄であるならば、トムも休めとは言わない。今日は休日のかき入れ時である。
しかし午前中から始まった静雄の仕事振りを見て、トムは(静雄は休むべきだ)と判断した。肩に力が入っているどころか、全身ががちがちに力みすぎている。そんな状態では金を取り立てるどころか、無駄な怪我を負わせて静雄が警察に引っ捕らえられる方がずっと現実的に起こりそうだったのだ。
「俺は今日こそお前が人を殺すんじゃねえかと思ったよ」
「すいません・・・」
珍しく厳しい口調で話すトムに、さすがに静雄も肩を落とす。トムは静雄の第二の父のような存在なのだ。
「とにかく、お前は力の加減が今日は出来てねえ。それなら一日休んで、しっかり身体休めた方がいいんじゃねえのか」
「はあ」
休めと言われて休めるほど、静雄の生活は充実している訳ではない。休みの日は特に出掛ける事もなく、かといって家にいてもぼんやりと煙草を吹かしているだけだ。テレビを見ても、最近流れるニュースは残酷な物が多く静雄は腹を立ててその辺にある家具を壊しているので、最近はめっきり見る事も少なくなっている。
ぼんやりとしていればその内人間は疲れて眠る事もあるが、静雄の体力は馬鹿がつくほど無尽蔵なので疲れる事もない。それが逆に辛いから、静雄は仕事も休む事がなく有給も有り余っている状態なのだ。その自分にどういうつもりで休めというのか、と静雄はトムを睨み上げたかったがそんな理不尽な事も出来ず、結果として口からは理解しているのかも分からない溜息のような音だけが漏れた。
静雄の心中の葛藤を分かってトムも頭を掻いていたが、そこで最近静雄の心を占める彼女の存在を口に出した。
「休めねえっつうなら彼女んとこでもいけよ。それなら気も休まんべ」
「えっ!」
静雄の表情の変化を見てとって、トムは(やっぱりなあ)と顎をさすった。静雄は用事がないなどと嘘ぶいていたが、本当は約束でもあったのだろう。しかもその約束は静雄から違ってしまったらしい。顔には明らかに「今日は無理です」と書いてある。
静雄は純粋だが、それゆえに鈍感な男である。今もトムの言葉に自分の何が悪いのか、どうすれば仕事をさせてもらえるだろうかと首を捻っている。
「でも俺は平気ですよ」と捨てられる犬の様に呟いている静雄を見て、トムは何として静雄を休ませてやるべきか考えていた。
とにかく今日のところは静雄を帰さなければ、今日の内に制御出来ない静雄の力によって池袋の街の一部が半壊するのは目に見えて分かる所である。物が壊されるだけで済めばいいが、人が死んだりトムにまで被害が加わるのはさすがに事だった。そればかりは静雄の給与から差し引く訳にもいかないだろう。
「静雄さん、トムさん」
「お」
池袋の公園には今日も人が多い。遠巻きに喧嘩人形を見ている人の群れから、一人の少年が顔を出した。その姿と声を見てとって、トムと静雄は同時に声を上げる。静雄のそれはトムよりもずっと喉から空気が出るほどの小さいものだった為、隣にいたトムにも気付かれる事はなかったが。
「元気だったか、帝人君」
「はい、ご無沙汰してます」
自分とトムに近寄ってきた少年の姿にすぐに名前を思い出して、静雄は今度こそ携帯灰皿を手の中で粉々にした。
めきめきと割れる音がトムの耳にも入って、トムが庇うように帝人の腕をそっと静雄から遠ざける。
「お二人はお仕事ですか?」
大変ですねと笑う少年に、トムも笑顔を浮かべて頭を撫でてやった。仕事ではなかなか見る事も話す事もない、純粋な幼い者を見て目尻が下がる。自分も年かとトムが自問する頃、静雄がトムを呼ぶ声に気付いてそちらを向いた。
「トムさん!トムさん!」
「どうした静雄」とトムが口を発する前に、トムの身体が宙に浮いた。首根っこを捕まれる犬猫のような状態に、トムの目の前にいた帝人が「わっ」と小さく声を上げた。周囲にいた公園でまったりとしていた人々も同様である。
そのままトムが何か言う前に、トムは帝人から五メートルほど距離を置かれていた。静雄の所行によるものである。静雄の突飛な行動にすっかり馴れているトムは、文句を言う事も悲鳴を上げる事もない。ただ静雄のその手がスーツから離れてすぐに、自分の服の皺を直した程度である。
「トムさん、竜ヶ峰と知り合いなんすか」
「知り合いって・・・」
知り合いどころか、最近とみに話す高校生である。それもトムにではなく、静雄に話し掛けている節のある事を告げるべきかどうかトムは迷う。しかし目の前でサングラスの奥から自分を睨む静雄の顔を見て言う事を諦める。一体何が静雄をそうさせているのか、トムには全くわからなかった。
「最近よく話し掛けてきてたじゃねえか」
「そうだったんすか」
そうだったのかそうかと呟く静雄を見て、トムは後ろにいる少年を見る。目が合った途端に笑顔を浮かべて会釈をする少年を見て、それから未だぶつぶつと呟いている静雄の方に向き直った。
「ほら静雄。帝人君呼んでるぞ」
トムがそう言えば、静雄がばっと帝人を見ていた。トムは静雄の方を見ていて気付く事はなかったが、すぐ後にゆっくりと静雄の身体がトムから離れていった。その後ろ姿を見て(何を緊張してんだ)とトムは更に疑問を浮かばせる。付き合いの浅い人間には分かる事はなかったが、トムには頭を掻きながら歩く静雄の足が僅かに浮ついている事が分かった。
「竜ヶ峰、」
静雄の言葉はそれから続かない。何を話せばいいのか、静雄には全くわからなかったせいである。
約束を違えてしまって申し訳ないと言えばいいのか、それとも偶然に出会えた事を嬉しいと言えばいいのか。
(今日も晴れてるな、とかか。違うな、そんなもん見て分かるじゃねえか。風が強いよなとかか)
結果として逡巡した静雄が「お前飛ばされそうだな」と呟いた言葉に、帝人はぷっと小さく吹き出す事となる。
「風が強いですからね」
池袋の高層ビルのせいではない風の強さに、静雄もすぐに顔を顰めた。静雄の長い金色の髪も帝人の細くて短い髪も、方々に吹く風になびいて形を変えている。鬱陶し気に髪を掻き上げたところで目があって帝人に微笑まれたところで、静雄がどきりと心音を高鳴らせた。
(何で俺は)
静雄の疑問はそこで終わる。トムが「うっとーしーな」と言いながら近付いてきたせいである。
「帝人君は今日は休みか、ああ土曜だもんな」
「ええ、学生は気楽ですからね」
「つってもテストとかあるだろ? 俺は学生時代に戻れるって言われても戻りたくねえなあ」
作品名:はじまる一週間(土曜日) 作家名:でんいち