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はじまる一週間(土曜日)

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 帝人の笑った顔を見ると、今日の静雄は少し今までに感じた事のない感情が浮かんでは消えていた。それが何かはわからなかったが、また辺に力んで後ろをよろよろと歩く少年に怪我をさせる事が静雄は怖い。

(竜ヶ峰は弱くて細くていい奴だ)と静雄は思う。そしてすぐに(こいつはこんな俺と付き合ってくれてる)とも思う。
(ならこいつは俺のなのか)と静雄は考えて、緩んだ頬を右手で押さえた。喜んでいるのは、後ろを歩く少年が自分には不釣り合いな程、穏やかで平凡で優しいせいである。出来るなら、このままずっと自分の傍にいてはくれないだろうかと静雄は考えて、しかしそれを口にする事もなく黙々と自宅への帰路を歩いた。
 風はごうごうと強さを増して吹きすさんでいる。





「ここが静雄さんのお家なんですねっ!!」
 キラキラと輝く瞳を隠す事なく、帝人は興奮した様子で静雄の家の玄関に立っていた。(何がこいつを喜ばせてるんだ?)と静雄も自宅の玄関をぐるりと見回す。別段変わっている様子は無い、至って普通のマンションの玄関先である。靴も傘も無い、無機質なところが本当に人が住んでいるのかと疑問に思わせる程度である。
「別に普通だろ?」
「普通じゃありませんよ!」
 靴を脱ぎながら静雄が言えば、帝人らしからぬ声音で睨まれる。
 ぎろりと音がする程強く射竦められて、静雄は僅かにたじろいだ。どこかで少年が入れ替わったりしたのだろうかと静雄に思わせる程、帝人は今興奮しているようである。目の色が変わっていて、それが少し静雄に怖いと思わせる程に。
「だって静雄さんのお家なんですよ?」
 凄いじゃないですかと言われても、静雄には自分のどこが凄いのか分からない。静雄は自分が池袋でもネットでも有名である事を自覚してはいない。ちょっと人より力が強くて喧嘩っ早いだけの男だと思っている。
 結果として静雄はこの帝人の変化を(俺を好きだからか)と思う事で留めた。そう思えば睨まれても悪い気はしない。いっそもっと騒いでくれてもいいのにと思ってすぐに、(俺はばかか)と自分自身に釘を差した。今日はころころと秋空のように感情が変化するらしい。


「物は少ねえけど、ソファあるから座ってろ」
 リビングまで続く廊下を凄い凄いとはしゃがれながら歩いて、帝人をソファに座るように促した。
 静雄は台所に立って冷蔵庫を開ける。ビールと牛乳しか入っていない、部屋同様殺風景な冷蔵庫の中に溜息をついて、それから牛乳パックを手に取った。
 冷たい牛乳を持ってリビングを見れば、未だキラキラとした目をしたまま帝人がキョロキョロと頭を動かしている。
 定まらない視線が静雄を捉えた瞬間にその瞳が更に輝いた様な気がして、静雄は目を擦った。
「オープンキッチンっていうのも、おしゃれですよね!」
「あ? ああ、これオープンキッチンていうのか」
 静雄は今まで台所に行くまで扉が無いのは楽でいい程度にしか捉えていなかった。ドアがあれば、酔った時に水を汲みに行くだけでドアが破壊されてしまう。食事を作る事もほとんどない為、台所をそもそも使う機会がないせいでその機能性など重視してはいなかった。
「弟が昔住んでたんだ」
「弟さんがいるんですか・・・。いいですね、兄弟って」
 静雄からコップを受け取りながら、帝人がソファの座る位置をずらした。その場所に帝人同様に座って、静雄は手持ち無沙汰にソファにあるクッションを手の中に納めた。既に破壊され続けているクッションを持ちながら、これは何代目だったかと静雄は思いを馳せる。
 その後クッションだけで手持ち無沙汰を誤魔化せる訳もなく、辺りを見回す帝人に恥ずかしくなって静雄はサングラスを外した。一気に視界が広くなった。
「静雄さんのお家って大っきいですよね」
「お部屋の中、物少ないけどおしゃれでいいです。僕の家も物少ないし」
「こんなにお部屋があったら使い切れないだろうなあ」
 帝人の続く言葉と、その間に入る凄いという賛辞を聞いて相づちを打ちながら、静雄は嬉しさに顔を緩ませる。手に持つクッションをぶちぶちと引きちぎっている事も忘れる程に、(こいつといると嬉しいな)と思わせられていた。
 こんなに褒められた事もなければ、喜ばれた事もない。静雄が出来るのは壊すだけだったから、例え道行く人を助けたとしても礼を言われる事など皆無である。人生で言われた事の無い賛辞を受けて、静雄の顔は赤くなっていった。それに気付いて静雄はクッションを握る力を強めた。ぶちぶちと引きちぎられたクッションは中の綿が小さくなりながら静雄の足下に落ちていった。
「俺はすぐ家を壊すからよ、弟が住んでたところを名義だけ変えて貰ったんだ」等と自慢にもならない事を言ってみたりもする。帝人もそれに笑って頷くだけで、否定する事もない。それもまた嬉しいなと静雄は舞い上がっていた。
 その後静雄の手で粉々にされたクッションは、帝人によって綺麗にゴミ箱の中に移される事となる。静雄は綿を両手に持ってゴミ箱に移動する帝人の背中を見て、(小動物がいる)と小さい頃に弟が飼っていたハムスターを想像して笑っていた事を帝人が知る事はなかった。


「あ、そうだ」
 ひとしきり褒められて自慢にもならない言葉を言われた後、何かを思い出して帝人は持っていた肩掛け鞄を漁りだした。
 一体何を取り出すのかと静雄も覗き込んで見れば、そこから角張った物体が姿を現す。その鞄に入っていたとは思えない大きさにも目を丸くした静雄だったが、更に続く帝人の言葉に静雄は自分の目が飛び出るかという程驚いた。
「お弁当作ったんです」
 器用ににそれをコーヒーテーブルに置いて、包んでいた赤のチェックのナフキンが帝人の手から取られると、そこには重箱が姿を現した。物の値段が分からない静雄でも(これ、高いんだろうな)と思わせる物である。(壊さねえようにしないと)とは常人ではない静雄特有の感想だった。
 立桶模様の重箱には、散りばめられた金の模様がところどころ小さく刻まれている。
「すげえな」
 本心から静雄は感嘆の溜息を漏らす。立派な重箱は、静雄が小さい頃に運動会で母親が用意してくれたものと同等以上の大きさはある。
「作り過ぎちゃいました」
 ここで臨也やトムあたりならば「作り過ぎってレベルじゃないよね」位の軽口を言う事が出来たが、静雄はそんな風にボキャブラリーは持ち合わせていない。そもそも、力も人間外ならば胃袋も同様の静雄にしたら、この位の量なら一人で食べきれると判断したのだ。
「静雄さん、昨日結構食べてたから、大丈夫かなって思ったんですけど」
 そう言われながら開けられた重箱の中には、色鮮やかなおかずが姿を現した。彩りも綺麗だが、見てるだけで美味しそうである事は静雄にも分かる。
 空腹も手伝ってごくりと生唾を呑み込むと、静雄は弁当を指さして「これ食っていいのか」と帝人に聞いていた。
「静雄さんに作ったんです。今日、お仕事だって言ってたからお弁当ならいいかと思って」
(こいつ甲斐甲斐しい!)と静雄は照れる帝人を見詰めたまま、大きな衝撃を受けた。