さくまさんの
フラグクラッシャーに負けるな!
昼下がり、芥辺探偵事務所で、ベルゼブブは意を決した。
仕事の関係で自分は今、ペンギンのような姿ではなく、人間に近い姿だ。
そして、事務所には佐隈と自分のふたりきりである。
今だ。
今しかない。
「さくまさん!」
「はい」
「私はあなたのことが好きです」
これ以上ないぐらいハッキリ言った、つもりだった。
しかし、テーブルをはさんで向かいに座っている佐隈はほんの一瞬眼を丸くした程度だった。
「ありがとうございます、私もベルゼブブさんのことが好きですよ」
明るい表情。
どうやら、好きは好きでも、友人としてというふうに解釈したらしい。
「あのっ、そういうことでは」
「あ、ベルゼブブさん、服にシミが付いてますよ」
きっちりと訂正しようとしたベルゼブブの白いシャツを、佐隈は指さした。
「カレーのシミですね。早く対処しないと落ちなくなるかもしれませんから、濡れたフキンを持ってきますね」
そう言うと、佐隈はさっさとソファから立ちあがった。
台所のほうに行くらしい。
「……」
ひとり残されたベルゼブブはガックリと肩を落とした。
別の日、また同じ状況になった。
あれから考えに考えた末に決めた台詞を、ベルゼブブは佐隈に向かって言う。
「さくまさん、私はあなたのカレーが毎日食べたいです」
以前に、テレビで、毎日おまえの作った味噌汁が飲みたい、という台詞が紹介されていた。
日本人のあいだではプロポーズの台詞としてよく用いられるらしい。
だから、それを参考にして、自分らしくアレンジしてみた。
これなら伝わる!
そうベルゼブブは確信していた。
だが。
「そんなに、ベルゼブブさんは私の作ったカレーが好きなんですねー」
佐隈はいつもとあまり変わりない様子だ。
プロポーズされたと認識していなさそうである。
「わかりました、たくさん作って冷凍しておきますから、魔界に持って帰ってくださいね」
その百パーセント善意をまえにして、ベルゼブブは言葉を無くしてしまった……。
さらにまた別の日に、また機会が巡ってきた。
もう失敗はしない。
強く意気込んで、ベルゼブブはあるものを取りだした。
それを佐隈のほうに差しだす。
「さくまさん、これを受け取ってください」
小さなケースである。
そのケースをパカッと開ける。
中には指輪がおさめられている。
見事なダイヤモンド付きの指輪である。
何代かまえのベルゼブブがイケニエとして契約者から受け取ったもので、高い価値のあるものだ。
「ベルゼブブさん……」
佐隈は驚いた様子だ。
さすがに状況がわかったらしい。
と、思ったら。
「私の借金返済のために、これを売れということなんですね! ありがとうございます!!」
佐隈は顔を輝かせて感謝した。
それ、違います。
と言えなくなったベルゼブブだった。