こ っ ち 見 ろ
虎ver
……なんてこともあったなぁ、と回想しながらも俺はうぅん、と一伸びした。
あのころの自分らはなんと初々しかったことか。今はもうやることはやって、……ないかもしれない。
ただあの頃から随分時間は経ち、俺たちは外での逢瀬……というと恥ずかしいが、デートを重ね、お互いの家も何回か訪問し合った。
そして今はスカイハイの家で、二人してのんびりとしているわけだけど。
右に寄りかかっていたソファに更に身体を預けると、俺はちらりと自分の左を盗み見た。
既に定位置のように自分の左側に収まったスカイハイは、ソファの左端にちょこんと座って分厚い本を一心不乱に読んでいる。奴が長年愛読していたシリーズ小説――大人にもファンが多いという児童本らしいのだが、それの新作の発売が最近あったらしく読むのを楽しみにしていたんだと嬉しそうに語ったあいつは、そのままずっと本に夢中だ。
おじさんを放置プレイとかやりやがるなこいつ……と無駄に思いながら、俺は自宅から自分用に持ち込んだ焼酎をぐい、と煽って空にすると目の前の低い机の上においた。
「虎徹君」
最初は慣れなかったアイツの名前呼びが、今ではしっくりくるようになった。
「んあ?」
「もしかして……退屈かな」
読んでいた頁に指を挟んで、眉根を寄せて心配そうにスカイハイがこちらを見る。俺は適当な声を出しながら、ぴらぴらと手を振った。
「ちげーよ、ぼけーっとしてただけだ」
「ならいいが……でもね」
スカイハイがこちらに手を伸ばす。それを酒で少しぼやけた目で追っていると、その指がさっき俺が置いたコップをつかんで、俺から遠くにおきなおした。そのあと横に並んだでっかい焼酎瓶も同様にする。
えー。そっちかよ。
……いや、えー、て、俺。
「飲みすぎはいけない、いけないよ」
「ん……わりぃ」
できるだけゆっくり飲んでいたつもりだったんだが、どうやら奴が咎めるほどにはのんでしまっていたようだ。ぺた、と指を頬にあててみる。確かに普段よりあったかい、気がする。
スカイハイは心配そうな顔をしてこちらを見ていたが、俺が頷いたのを確認すると安心したように微笑んで、本に視線をもどした。俺はぼけーっと、それを見つめる。
本当はこいつが悪いわけじゃないぐらいわかってるのだ。
バニーちゃんと一緒に色んなところに露出していた俺は今日は久しぶりのオフで、正直くったくたで、それなら一日休んでいた方がいいのではと心配したスカイハイを押し切って奴の家に来たのは、俺だ。それならば君の家で、ともちろんいわれたのはいわれたけれど、そうすると一日中ベッドに張り付いている自分がすぐ思い描かれたのでお前の家がいい、と奴の申し出を断ったのも俺。トレーニングにパトロールにと忙しい癖にのんびり過ごすことが好きなこいつと公園や互いの家、そしてこのソファーで同じようにのんびりと過ごしたのも初めてではないし、俺もそれは嫌いじゃない。ついでに、いつもなら俺やスカイハイにじゃれついたり椅子の真ん中でねっこけているジョンは出迎えてくれただけでそれ以外は俺に寄ってこないので、多分こいつが今日は俺に近寄らないようにいいふくめていたんだろうなぁ、と思う。
まぁつまり、俺がだいたい悪い気がしてくるんだけれど。でもこいつわかってない。全然わかってない。
少しむすっとした顔をして、もたれていたソファーの肘掛に肘をついて、じぃっと奴の横顔を眺める。俺の体調を慮ってくれるのは嬉しい。一緒に静かに過ごすのも好きだ。でもそれでもなんで俺がわざわざお前と一緒に過ごしたいのかわかってんのかこのイケメンめっ。
とろけていく思考で八つ当たりのようなことを考えていると、ついに、俺の海よりも広い堪忍袋の緒が切れた。
ソファーにもたれかかっていた身体を起こし、そぅと腰を持ち上げてスカイハイの方ににじり寄る。いくら静かにしててもソファーが揺れて気づいてるのだろうけれども、奴はこちらを見ようともしない。
おじさんもう怒ったかんな。
更ににじりよる。滅茶苦茶近づく。流石にスカイハイが不思議に思ってこちらを向く。その直前に。
あぐっ
鼻に噛み付いた。
至近距離で目を見開くスカイハイを見下ろして至極満足した俺は、もう一度あぐあぐとゆっくり噛んで、顔を離す。
「………えっと、虎徹君?」
「キース」
普段滅多に呼ばない奴の名前を出すと、スカイハイの口がぽかんと開く。こんなこいつの顔は滅多に見られない。俺は左腕をソファにおいて、右手を奴の左肩の上に置くと、舌で丁寧に自分の唇を撫でて、いった。
「やっぱ、構え」
一拍おいて、ぶわわわわっと奴の顔が朱に染まる。あれ、俺そんな恥ずかしいことしたかな、とコテン、と小首をかしげて、俺は。
………あー、したかもしんない。
自分でやったくせに俺が固まってる間にスカイハイは本をご丁寧に栞を挟んでから机の上に置くと、慌てて逃げようとする俺の腰を引き寄せて、抱きしめる。
…………いや、俺としてはご満悦なんだけどね、何かすっげぇ、恥ずかしいんだけど、……まぁいいかー。
ぐりぐりと額を押し付けてくる大型犬の背に俺はそうとお酒の入ったぽやぽやとした頭で手をのばした。