SOUVENIR II 郷愁の星
【黒い土地】はエア・シューターのような乗り物に乗った先にあった。ただ広い空間が目の前にあった。夜なのでよけい真っ黒だ。だが、小屋らしき建物にぼんやりと明かりがついていて、その前に人が立っているのが見えた。
「クラヴィス様!」
ランディが駆け寄った。その人物はゆっくりとこちらのほうを見たようだった。案の定、それは闇の守護聖クラヴィスだった。黒いチュニックにパンツ、その上からマントをゆるりと掛けていた。彼はランディのほうを見て少し瞬きをした後、その瞳をランディの後ろに向けた。
「……ジュリアス……老けたな」
久しぶりの挨拶がそれではあんまりだろう、とランディは思わず突っ込みたくなったが、それにしても、クラヴィスはどうしてジュリアスがここにいることを知っているのだろう?
ジュリアスは別段怒っている様子ではなかった。
「それはそうだろう。私はそなたよりもう十は年を取った」
そう言うとジュリアスはぐるりとまわりを見渡した。
「瘴気が治まっている……」
「今、サクリアを軽く与えてみた。効果はありそうだな」クラヴィスの右手にぽわんと浮いた紫色の淡い光の珠があった。
ランディはジュリアスのほうを見た。
「ジュリアス様の願いって」
「闇と風の力を与えてほしい−−だったな」代わりにクラヴィスが答えた。「ただし闇の力については限定した土地に、だ」
ランディもあたりを見回した。ここだ。ここに闇のやすらぎの力を与えなければならなかったのだ。星にではなく、ここに。それは確かに聖地からの遠隔操作では難しい。
「それで直接来てくれたのか……? 感謝する、クラヴィス」
ジュリアスはそう言うと目礼した。クラヴィスはふっと笑った。いつもよりずっと穏やかな笑みだとランディは思った。
「陛下も気にされていた。それに……」クラヴィスは言葉を切ると、ジュリアスのほうを真っ直ぐ見た。「……この星は特別だからな」
ジュリアスは目を細めて笑った。
「覚えていたのか」
ふっと笑みを返しただけでそれには応えず、クラヴィスはその手の光を大きくした。
「時間はあまりない。首座が聖地をそうそう留守にはできぬからな、三日程度で片をつける」
「……クラヴィス?」
ジュリアスが少し腑に落ちないように声を掛けた。ランディにはその意味がわからなかった。しかし、クラヴィスはジュリアスの呼びかけを無視してマントを取ると、それをランディに渡した。
「これをジュリアスに。只人になった身で私のサクリアが直接触れるのは良くない」
ランディはマントをジュリアスに掛けてその脇に立った。
クラヴィスがサクリアを発する。漆黒の闇の中で、紫の淡い光はやがて波のように周囲へ、そして彼方へと広がっていく。ランディは、この土地がまるで乾いた土が欲する水のように闇の力を求めているのを強く感じた。
そしてジュリアスは自分の力をも求めたという。この星に自分の力がほとんどないことから考えても、その望みは理にかなっている。しかし、どうして神官のリディアではなく、ジュリアスからの望みなのか。確かに酒場でも『望み』と言っていた。
そして『恐れ』とも。
「ジュリアス様、俺の力はどうすればいいですか?」
ジュリアスは目を伏せた。
「いや……そなたの力は……」
そのとき、ずさ、と何かが崩れる音がした。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月