SOUVENIR II 郷愁の星
「まさか」
呻くように言うと、ジュリアスは音のした小屋のほうへ駆け寄った。ランディもあわてて追いかけた。クラヴィスはその手に発していたサクリアを収束させると、ゆっくりと後に続いた。
「……やはりそうか、このお転婆が!」
ジュリアスは小さく叫ぶと自身を覆っていたクラヴィスのマントを外し、小屋の壁にもたれるようにしてしゃがみ込んでいるリディアに掛けて抱き起こした。
リディアは何か言いたげにしていたが、どうやら言葉にならないらしい。
「……もろに浴びたな、娘。しばらく動けんぞ」クラヴィスが顔をしかめて言った。
リディアはかくんと頭をジュリアスの胸に預けた。
「……参ったな」
ジュリアスは呟くとリディアを抱き上げた。ランディは先に歩き、小屋の扉を開いた。粗末ではあったが、簡単な寝台があった。
「瘴気にあてられた者の休憩所になっているのだ、ここは」そう言うとジュリアスはリディアをそこに横たえさせた。
「瘴気のほうは今のところそれほど心配ではないから、鎧でも取ってやればどうだ」クラヴィスが後ろから言った。
「……ああ、それもそうだな」
リディアの鎧の止め金を外しながら、ジュリアスがランディに言った。
「さっきの続きだが……クラヴィスの力を望んだのは間違いない。だが、そなたの力は躊躇した。そなたの力が満ちれば……この娘は辛い立場に追い込まれるだろう」
「エノルムみたいに、彼女を責めると……?」
ランディは夕方のことを思い出した。あれから考えてみれば、風の守護聖という自分により多く接したエノルムが、そのサクリアの影響を受けて溜まっていた思いを吐露したに他ならない。
「エノルムはまだ良い。あれはリディアの幼いころから知っているから、彼なりに心配しているのだ。だが、すべての民がそうとは限らない」
ランディはあの老人たちを思い出す。今思えば、彼らは何とかしてリディアの足を引っ張ろうとしていたに違いない。
ランディはジュリアスを見た。あのエノルムのいわば『告発』ともいうべき言葉に過剰に反応したのも、そして、ランディの力を恐れるのも、リディアのためを思ってのことだ。リディア本人には厳しいが、その実、リディアが心配でたまらなのだ。不思議だ。横から見ているととてもよくわかる。なんて不器用なのだろう、この二人は。
それでも、ランディは言わなければならなかった。
「だからと言って、この星に俺の力が無くてもいいということにはなりません」
「それは確かにそなたの言うとおりだ、ランディ」
ジュリアスはリディアの上半身の鎧を外そうと彼女の体を抱き起こした。カシン、カシンと音がして、鎧が外れた。外れるなり、ジュリアスのほうを見ていたランディは思わず、あ、と小さく叫んだ。
「何だ、ランデ……」ジュリアスがランディのほうを見、その視線のあるほうを見て同じく呆然とした。薄い布地のみで覆われたリディアの乳房がもろに晒されている。はっとジュリアスは我に返り、側にあったクラヴィスのマントを掴むと慌ててリディアの体に掛けた。
「……もしかして、彼女って、鎧の下はほとんど何も身につけていないんですか?」
ぼそりとランディが言った。体格のわりに豊かな……そこまで思ってランディはその続きを打ち消した。
「……着なさ過ぎだ。注意せねば」
少なからずジュリアスも衝撃を受けているようだった。それでもふぅ、と一息つくと彼はランディと、彼らの後ろに立っていたクラヴィスに向かって言った。
「二人とも外に出ろ。後は私がやる」
「ならばおまえは良いのか? ジュリアス」
クラヴィスの、揶揄するような言い方は相変わらずだ。むっとした様子でジュリアスが返した。
「私はリディアが六つのときから知っている。風呂にだって入れたことがある」
「えっ!」ランディは思わずジュリアスの顔を見た。さすがにクラヴィスもそれには驚いたようだった。
「だから、私は構わないのだ。さ、二人とも控えろ」
不機嫌そうな表情のままジュリアスが言った。ランディがクラヴィスのほうを見ると、クラヴィスの目が細められていた。笑っている。ランディも思わず笑みを返した。
「では、私は引き続き闇のやすらぎの力を与えてくる」
それだけ言うと、クラヴィスはすっと小屋から出た。ランディも後に続いた。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月