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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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SOUVENIR II 郷愁の星

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 「何ということを……リディア」上のほうから呻くような声がした。「わかっているのか、自分のやったことを」
 「ええ」顔を胸に押しつけられたままリディアは返事した。温かくて心地よい。リディアは目を瞑った。
 「女王陛下は神官の願いを優先させる。よほど外れたことを言わぬ限り」
 「外れていないものね、この願いは」あっさりとリディアが返したとたん、少し体を引き離されると顎をぐいと上げさせられた。ジュリアスの怒りを含んだ蒼い瞳がリディアを貫く。だが、リディアはもはやジュリアスのそのような目を少しも恐いと思わなかった。敢然としてその目を見返した。
 むしろ、ジュリアスのほうが戸惑ったようだった。
 「……そなたはここへ何をしにきたのだ」
 やっと尋ねてくれた。リディアは微笑んだ。
 「明日、私は首座の守護聖様から審判を受けるので、その前に」
 リディアは腕を伸ばし、背の高いジュリアスの首に腕を巻きつけて頭を下げさせ、その唇に自身の唇を重ねた。狼狽したジュリアスが頭を起こそうとしたが、リディアは思いきり腕に力を込めているので、そうすぐには彼女の身を離すことはできなかった。それでもやはりジュリアスのほうがはるかに力は強い。リディアの身を剥がすと低く呟くように言った。
 「……どういうつもりだ、リディア」
 相変わらず厳しいまなざしだが、先ほどのそれとは少し異なった。それは今までリディアが見たことのない恐さを含んでいた。そして顔をその細く長い指で覆うようにして引き上げられる。
 「では、そなたは審判が下される前に、この世の思い出として私に身を任せようとしているのか」
 きちんと気持ちを伝えようとリディアが言葉を模索している間にジュリアスが続けた。それはすさまじい毒を含んでいた。
 「ただたんに身近にいる私に。……父親代わりの次は安易な身売りか?」
 カッとしたリディアは平手をジュリアスの頬に飛ばしたが、いともたやすくそれを避けると、ジュリアスはリディアの頬にあてがっていた指をすっと首筋へ、そして肩に降ろすと、リディアの着ていたローブの襟首にその指をかけた。
 「そなたを踏みにじることなど、私にはいともたやすい」ローブを軽く引っ張り、ジュリアスは続ける。「この布一枚引き裂くのと同じぐらい」
 指がさらに下に降りた。胸の膨らみのあたりでそれは止まり、力が込められた。リディアは思わず、う、と声を漏らした。
 ジュリアスは冷たく笑うと、すっと指をリディアの乳房から外した。
 「まだそなたには早い。別に明日で全てが終わってしまうわけではない。短絡的に身を任せるな。私などでなく、そなたにはもっと良い相手が」
 そこまで言って、ジュリアスは一瞬言葉を止めた。そしてリディアの後ろにまわり、リディアを玄関のほうへ押し出した。
 「良い相手がいるはずだ」
 「……わかっているくせに」
 ぽつりとリディアが言った。ジュリアスはそれを無視して玄関へ行かせようとしたが、リディアは足を踏ん張らせて進めないようにすると、瞬間取って返し、ジュリアスの腕をすり抜けた。
 「リディア! いい加減にしないか!」
 ジュリアスの怒鳴り声もかまわず、彼女はそれほど広くない館の中を駆け抜けた。一番奥にあるのはジュリアスの寝室だった。その中に入り込み、ようやくリディアは振り返って叫んだ。
 「どうしてそんなことを言うの! あなたのことを父や兄代わりに思っているのなら、私は父さまを殺そうとは思わなかった!」