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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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SOUVENIR II 郷愁の星

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 「一緒について行かないんですか?」
 肩をいからせながら修練場のほうへ向かうリディアを見送りながらランディはジュリアスに言った。だがジュリアスは動かなかった。
 「……いつの間にそのような芸当ができるようになったのだ? ランディ」
 え、と思ってランディがジュリアスのほうを見ると、驚いたことにジュリアスはくすくすと笑っていた。
 「そなた、やるな。怒らせている限りリディアは馬鹿なことはするまい」笑ったままジュリアスはランディを見た。
 「だが、怒らせたのはそなた自身にはまずかったかもしれない」
 「どういうことですか?」
 やっと笑いをおさめて、ジュリアスが言った。
 「冗談抜きで、リディアは強いぞ」
 「え!」
 それは意外だった。
 「ジュリアス様が教えたのでは……」
 「それはリディアがまだ幼いころだ。こと剣に関してはとっくに私の手から離れている。“戦いの巫女”という異名を聞いてはいないか?」
 いや、聞いてはいたが……ランディはエノルムがリディアのことについて「強いぞ」と言ったのを思い出した。彼はそう滅多に自分以外を強いと認めない質のはずだ。ランディは愕然とした。
 「……それじゃあ……」
 「私でも、もうリディアと剣を交える気はない。せいぜい気合いを入れてかかることだな」ジュリアスは明るい調子で言った。
 そして、ジュリアスのその言葉にもちろん嘘はなかった。
 鎧を身につけ剣を持ったリディアは、まさに“戦いの巫女”と呼ばれるにふさわしい動きを見せていた。とにかく速い。そして勝ち気な性格そのままに剣を繰り出してくる。そのくせ、隙がないのだ。だが、ランディにしてもあの炎の守護聖から直々剣の鍛錬を受けているという自負がある。ここで負けたら、ますますオスカーに対して自分は合わせる顔がない。負けるわけにはいかない、絶対に。
 ガシン、とランディはリディアの持つ剣に向かって大振りのそれを思いきりぶつけた。


 「く……っ」
 リディアから思わず呻き声が漏れる。男の力で体重をかけて打たれたものだから、剣を手放さなかっただけでも相当なものだ。だが、ランディはすぐさま下から上に剣を振り上げた。今度こそ間違いなくリディアの剣は弾かれて、宙を舞った。
 ランディはすぐリディアの元に行き、その腕を取った。
 「大丈夫かい? 今、相当しびれてるだろ」
 返事する間もなく、ランディはリディアの腕の鎧の部分を外すとすぐさまマッサージを始めた。リディアは呆気にとられたようにランディを、そして修練場の隅に立って控えているジュリアスのほうを見た。だがジュリアスは微笑んで見ているだけだった。
 「あ、あの……ランディ様……」
 「もったいないな」熱心にリディアの腕をマッサージしながら、ランディは呟くように言った。
 「え」
 「こんなに強いのに、君、死ぬつもりなの?」
 あまりの単刀直入な言い方にリディアは言葉を失った。手の動きを止めないまま、ランディはリディアを見据える。
 「俺、君にジュリアス様のことを頼みたくて昨日送ったんだ。なのに君、ジュリアス様を残して行って……逝ってしまうつもり?」
 リディアはぶるりと震えてランディを見た。
 「君の、ジュリアス様に対する思いがその程度だったなんて、がっかりだよ」
 その言葉に、弾かれたようにリディアは叫んだ。
 「ち、違います!」
 「何が違うんだい?」冷たくランディは言った。「君が死んで、いったいその後どうなると思ってるの? 誰か幸せになるとでも言うのかい? ジュリアス様を不幸にするだけじゃないの?」
 リディアは顔が赤く、熱くなっていくのを感じた。
 「勝手だね、君って」
 マッサージしてもらっている腕を振りほどき、リディアは思わずランディの頬を平手で打ってしまった。だがランディは全く目をリディアから離さないまま続けた。
 「自分さえ良ければそれでいいと思っているわけだ。自分さえ満足できれば」
 そう言ったランディの言葉がふと止まり、リディアは我に返った。その赤くなった頬に恐れおののき、あわてて跪くとリディアは頭を深く下げた。
 「も、申し訳ございません! 私、なんてことを……!」
 リディアの横で、ランディがしゃがんだ。
 「ああ……俺も同じことをしていたんだ」
 「……ランディ……様?」
 顔を少し上げてランディを見ると、彼は顔にかかった前髪を掻き上げながら、少し遠くのほうを見るような目をしていたが、再びリディアのほうを見た。
 「残される人のこと、考えたことない?」
 追い打ちをかけるように、ランディが言った。
 「ジュリアス様の立場が君だったら、君、どう思う?」
 真っ直ぐ、リディアに向けられた青い瞳。この人、真剣にジュリアスのことを心配している、とリディアは思った。そして、私を説得しようとしている。
 心の底から。
 「俺もね、君と同じことをしていたんだ。だから気持ちはわかる。間違ったことはしていない、と俺も思っていたよ」
 そしてランディは一ヶ月前に体験したことをリディアに話し始めた。聖地で力のみを発揮して、今回たまたまジュリアスの依頼で視察に来たのだという程度にしか思っていなかったリディアは、この屈託ない笑顔の彼がそんな目に遭っていたのだと知って愕然とした。
 「今でも俺、子どもを助けようとしたことは後悔していないし、今度もやっぱり同じことをするだろう。でも、俺は今度からは、パニックを起こした相手が斬りつけたりしてもちゃんと避けられるようにする。オスカー様のように、襲ってきた者を殺してしまったりせずに済ますぐらいの技量を持てるようにする。そして、いつもきちんと無事に帰って、待ってくれている仲間を安心させる。……失敗を繰り返しながらも、俺だって学んでいく」
 「あ……」
 「君の……神官の過ちは確かにどんなことよりも大きいかもしれない。民や星の存亡に係わるし。でも」
 わかった。
 「この星がこうして存在し続けているように」
 ほぼ同時にランディとリディアは同じことを言った。言い合った二人は顔を見合わせた。
 「……これはクラヴィス様から聞いた言葉」
 「……これはジュリアスから言われた言葉」
 そしてお互いに吹き出す。しばらく笑い合った後、ランディは少し真面目な顔になった。
 「ね、君の住むこの星と君たち民は、半分で崩壊を留めて……過ちに気づいてそこからやり直してる。君だってもっとやるべきことがあるんじゃないか?」
 リディアの内から意欲が沸いてくる。これはランディのサクリアのせいだろうか?
 「ジュリアス様が君に求めているのは、君には死ぬことより辛いし厳しいことかもしれないけれど……もっともっとあがいてみてもいいんじゃない?」
 死ぬことより辛く厳しいこと……。リディアははっとしたようにランディを見た。民が、老人たちが、そして守護聖が、天使たる女王陛下が自分の罪を責めても、それを自分の死でもってあがなう以上に厳しいことがあるとすれば、それは。
 「それに、他の人たちが背を向けても、ジュリアス様だけは君の味方だろ? それだけでも生きていけると思わないかい?」
 「ランディ様……」