SOUVENIR II 郷愁の星
そのときだった。修練場の隅に控えていたジュリアスが、いつも以上に厳しい表情でこちらに向かってやってきた。
「まずいことになった」
はっとしてリディアとランディはジュリアスの言葉を待った。
「民たちが神殿に集まりだした。どこかで午後の謁見のことを聞きつけたらしい。自分たちも立ち会わせろと言っている」
始まった。
リディアはランディに向かい、深々と礼をした。リディアが顔をあげると、彼はあの無敵の笑顔で応えていた。その様子を見てジュリアスは少し驚いたようだったが、すぐ察知したように穏やかな笑みを二人に返した。
「ジュリアス、民たちを神殿前の広場に集めて。私は着替えてきます」
そう言ってリディアは行こうとしたが、ふと立ち止まってジュリアスのほうを見た。あの、リディアの好きな笑顔だ。これからジュリアス自身も大変なことは確かなのに、自信に満ちあふれた表情。大丈夫だと彼は目で語っている。
ランディの言うとおりだ。いつもこうしてジュリアスは自分を見ていてくれていたのだ。そんなことはとっくの昔からわかっていることだったのに。
「ランディ様、ごめんなさい」早口でランディに向かって小さく言うと、リディアはジュリアスの腕の中に飛び込んだ。
「鎧姿で抱きつかれても……」ランディの手前、ジュリアスは少しきまりが悪そうに言ったが、それでもリディアをしっかりと抱きとめた。
リディアを抱きとめながら、ジュリアスはランディのほうを見た。ジュリアスは微笑んでいた。ランディは、改めて自分がジュリアスの役に立てたことを実感して嬉しくなった。
気を利かせて立ち去ろうとしたのに、リディアは顔を上げて、あっという間にジュリアスから離れ、小さく手を振って修練場から出ていってしまった。その後ろ姿をジュリアスが目で追いかけていく。本当はあの手を取って引き留めたいのかな、とジュリアスの横顔を見ながらランディは思った。
「……頬は大丈夫か」振り返ってランディを見るなり、ジュリアスが言った。そういえば、触ってみると少し熱を持っている。
「すまなかったな。声を掛けに行こうとしたところで神殿の者から知らせを受けていたのでな」
「いえ」
「守護聖を殴るとは、困った娘だ」
ジュリアスは苦笑したが、ふとランディと目を合わせると静かに言った。
「ランディ、感謝する。そなたはリディアを救ってくれた」
頬に手を当てたまま、ランディは呆然としてジュリアスを見た。
「私でも説得できなかったものを……。さすがは勇気を司る者だな。真の勇気というものをリディアに」
「いえ、俺だってわかってなかったんです」たまらずランディはジュリアスの言葉を遮った。
「さっきリディアに言ったことって、俺自身に言っていたようなものなんです。救うなんておこがましいです」
全くもってそうだ。オスカーにどんなに詫びても詫びきれない。もっとちゃんと状況を見るべきだった。オスカーは心底自分のことを心配してくれたというのに……勇者気取りで大雑把にしか行動しなかった自分を。
「……そうなのか?」穏やかにジュリアスが言った。「そなたにはそなたの思うところがあったわけだな」
「……はい」
そのとき、修練場の扉が開いた。エノルムだった。
「闇の守護聖様が神殿に来たぜ、ジュリアス! 御大、何かすげえ迫力だな」
言うだけ言ってから、エノルムはランディもそこにいることに気づいたらしい。
「あ、今のは内緒にしておいてくれよ、ランディ様」
そう言って彼は頭を掻いたが、すぐ真面目な顔になってジュリアスを見た。
「あのお偉方のじいさんたちが煽ってるようだが、かなりの人数が集まってるぜ。巫女さんは大丈夫かよ。……今度は俺みたく殴り飛ばして黙らせるってわけにはいかないぜ、ジュリアス」
ジュリアスはふっと笑うとランディのほうを見て、手を修練場の扉のほうへ示した。
「さあ、こちらへ。ランディ様」
再び彼は惑星ムワティエの執務官へ戻る。ジュリアスの表情はいつものように厳しいが、そこには全く不安がない。守護聖時代からそうだった。この自信に満ちた態度が、ある意味自分たちに安心感を与えていた。そして今はリディアに、エノルムに、そして星の民たちに与えるのだろう。
ランディは頷き、三人は神殿の中庭に向かった。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月