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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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SOUVENIR II 郷愁の星

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 リディアは憂鬱な気持ちをいつもの白銀の鎧の中に押し込めてステーションに向かった。星の有力者である老人たちと一緒にいるのは気鬱だ。しかも、こんな聖地から離れた惑星ムワティエになんと風の守護聖がやってくる。それどころか後には守護聖の首座を務める闇の守護聖が訪問するというのだ。老人たちが勘ぐっていろいろ言いたくなる気持ちもわからなくはない。沸き上がる不安な気持ちを抑えながらこうして風の守護聖を出迎えるべくやってきた。
 惑星ムワティエは、最初からこの名前であったわけではない。たぶん大昔には別の名前で呼ばれていたのだろう。だが、あるとき起こった戦争のせいで、この星の半分はとても人の住める土地ではなくなった。土のみを残し、そこにあった建物も、植物も、動物も−−だから人間も−−消えてしまった。まさに科学の粋を集めたような『抹消』ぶりだった。そのときの戦争を引き起こした張本人の独裁者は、星の半分を自らの裁断で潰してしまったことを側近から聞いたとき「何だ、たかだか半分か」と呆れたように言ったそうだ。側近もその人情から逸した言葉を耳にしてさすがに我に返り、その独裁者を剣で斬り殺して戦争は終結したという逸話がある。星の住人たちはそれから自分の故郷であるこの星に皮肉を込めて『半分』という意味の【ムワティエ】と名付けたらしい。
 星を立て直そうとしたときに『天使様』つまりこの宇宙を統べる女王が現れ、生き残った住人たちを導いたという。その先頭に立ったのがその側近であり、リディアの祖先だ。神官を務めるわりには血生臭いルーツと言える。
 それにしても、一体何のために守護聖が来るのか。思い当たる節が……実はリディアにはあった。それは半ば公然と囁かれていることだったが、誰も表だっては言わなかった。それがよけいにリディアを憂鬱にした。
 白く輝く機体がステーションへ滑るように静かに到着した。あの中に守護聖がいるのだと思うと、リディアは少し緊張した。
 守護聖とは一体どのような人たちなのだろう。九人いることは知っている。それぞれの司る力が異なり、女王からの指示のもと、その力をふるい、星々を順調に育成するのが彼らの役目、というぐらいの知識はリディアにもある。風の守護聖の名前は確かランディと聞いた。年は守護聖と自分たちとは根本的に時間の流れが異なるので何とも言いがたいが、守護聖中では比較的若いほうの部類に入るらしい。
 風の守護聖が司るのは……勇気。
 リディアは顔をしかめた。勇気。嫌な言葉。とても嫌な言葉。今の自分を苛むような。そう、まるであの執務官のまなざしのように、自分の醜い部分を突いてくる。今日は幸い執務官はいない。彼はあの【黒い土地】のほうへ少し前から巡察に行っている。この、守護聖を迎える場にいなくて良かったとリディアは思った。彼がいたら間違いなく挨拶の仕方とか言葉遣いに注意が飛ぶ。それはそれで鬱陶しい。なにせ、彼はリディアの幼いころからずっと家庭教師代わりに付いていた。苦手なところはよく心得ているのだ。きっとこの鎧姿についても、彼は情け容赦なく文句を言うだろう。十六歳にもなる娘が、何を好き好んで、鎧で身を固めるのか、と。それに比べ、この老人たちは、鎧姿についてもごもごと口の中で言うだけで直接何も言わない。そしてそれはそれで彼女には気に障る。
 そうこうしているうちに、何人かがっしりとした体つきの男たちの間に鮮やかな青と白と赤の色合いが見えた。リディアも小さく息を吐くと歩き始めた。老人たちが後に続く。
 やがて、その鮮やかな色合いの主の顔立ちがリディアの目にはっきりと映った。笑顔だ。栗毛の肩あたりまでの髪が軽やかになびき、すらりとした体躯の、リディアより少し年上らしい青年……。いや、このあまりにも屈託のない笑顔を見ると、青年というより少年と言ったほうがふさわしい気がする。悩みなんてないんだろうな、とリディアは密かに思う。うらやましくもあり、疎ましくもあり……。こんなに明るい笑顔を、ここ久しくリディアは向けられたことがなかった。いや、もちろん、人々とて笑わないことはない。自分の前で笑わないのだ、人々は。
 風の守護聖の前に行くと、老人たちが跪き、礼をした。どんなふうに声を掛けるのだろう? 緊張している一方で興味を惹かれつつ、リディアは腰の剣を抜くと敬礼した。
 「神官はどなたですか」
 守護聖は自分たちにとっては神のような存在だ。もっと高飛車な言い方をすると思った。本当に好青年ともいうべき態度にリディアは安堵したが、横で老人の一人が不服そうな顔で何か言おうとしているのに気づき、先手を打った。
 「私です、風の守護聖ランディ様」
 彼は少し驚いた様子だった。無理もない。こんな格好をしているのだ、女とは思わなかったに違いない。そう思うと、リディアの天邪鬼な機嫌は少しだけ良くなった。


 リディアは、ランディを神殿に案内した。ちらりと横を見れば、ランディは剣を携えていた。この星では男はみな剣を装備する慣習があるので、それほど違和感はなかった。守護聖も剣を持つことになっているのか、それとも、この星の状況に合わせたのか……。リディアは柄に簡素ながらも綺麗な石の装飾のあるランディの剣をちらりと盗み見た。どの程度の腕前なのだろう。身のこなしは素早そうな気がするが。
 リディアは少女ながら、剣については少々自信がある。だが星の兵士たちではあまり相手にならない。それはもちろんリディアの腕前が確かなこともあるが、それよりも彼らは、彼女と、彼女の血を恐れている。独裁者を斬り殺した祖先の血。そして彼女が起こしかけた事件を。
 「……だね」
 横でランディが何か言っているらしい。はっとしてリディアはランディを見た。守護聖を連れているというのに何を考え込んでいたのだろう。彼女はあわてて返事した。
 「は、はい!」
 「君も剣が扱えるんだね、って聞いたんだ。そんな格好をしているところを見ると」
 さっぱりしてしかも気さくな質らしい。彼女が上の空だったこともさほど気にせず彼はまたあの爽やかな笑みを彼女に向けながら言った。
 「ええ……いえ、はい」
 視線を廊下に落としてリディアは答えた。この笑顔は苦手だ。
 「鎧はいつも身につけているみたいだね、慣れてるって感じがする」
 「……はい」
 歯切れの悪い答え方になってしまった。彼女には彼女なりの理由があるのだが、そんなことを彼に言っても理解はしてもらえないだろう。
 「ふうん……。それにしても綺麗な鎧だね」
 ランディの笑顔が見えないように真っ直ぐ前を見たまま、リディアが話をつなげた。
 「一昨年の……十五歳の成人式を迎えた折、我が星の執務官から贈られたのです」
 「執務官?」
 「ええ、実際のこの星の政治は彼が取り仕切っています。今、留守をしていますがそろそろ戻るでしょう。またご紹介いたします」
 リディアはそう言うと右手を扉の前に差し出した。
 「こちらが、祈りの間です」
 とうとうここに来てしまった。リディアは気持ちを奮い立たせるように重い扉を開いた。