SOUVENIR II 郷愁の星
だいたいどこの星の神殿の祈りの間も同じようなものだ、とランディは思った。ここで神官が祈り、女王の願いを伝える。あるいは女王から神官に声がかかる。星についての危機を知らせることもある。神官のみに女王は天使として姿を見せ、お互いの意思を伝え合うのだ。
リディアに落ちつきがない。どうもこの少女には何か屈託があるらしい。まだ会ってから間もないが笑顔を全く見せない。お追従でも笑うものだが、厳しい表情か、もしくは目線を合わせないか。厳しい表情は神官の責任を思えば仕方がないとしても、目線を合わせないことがランディには気になることだった。
二人は祈りの間の奥にある女王の像の前まで来た。本当はこんなに大人っぽくないんだけどな、アンジェリークは……などと内心くすくす笑いながらもランディは神妙な顔つきで跪き、礼をした。リディアもあわててそれに従っているようだった。
老人たちが来た。
「お休みになる部屋へご案内します」あわてたようにリディアがランディに声をかけた。ランディは、何を言っているのだろう?といぶかしげにリディアを見た。守護聖がこの部屋を訪れたからには、たいていの神官は守護聖に自分の星の様子を見てもらいたがる。なのにこの少女は一刻も早くこの部屋からランディを連れ出したげにしている。
「リディア様、せっかくですから風の守護聖ランディ様に御力の具合を見ていただいてはどうかな」老人たちの中の一人が少し笑いながら言った。ランディはその表情が気になったが、抗議しようとするリディアに向かって言った。
「すぐ案内してもらうから、少し待って」
彼は眼を閉じると、体の中心に力をこめた。
リディアは表情をこわばらせながらも、ランディの様子を伺う。風が吹いた、と思った。実際は祈りの間の扉も窓も閉じられているので風は吹き込みようがない。けれども、ランディのまわりに風が起こったような気がするのは、彼の髪が、彼のマントがふわりと揺れたからだ。
ランディが眼を閉じたまま眉を顰めた。リディアは体が凍りつきそうになった。何とか表情には出さずにいる。老人たちのうちの数人がニヤニヤと笑っているのがわかる。
風が止んだ。
再び眼を開くと、ランディはリディアのほうを見据えた。あの笑顔から一転して厳しくなった表情に、リディアは膝ががたつくのを抑えきれなかった。鎧が小さくカタカタと鳴る。にこりともしないまま、ランディがリディアに向かって言った。
「……少しだけ、俺の力が足りないみたいだね……そんな大した問題ではないけれど」
ほくそえんでいた老人たちはあからさまに落胆の表情になった。しかし、リディアの指先は震えたままだった。
わかっている。彼は風の守護聖なのだ。わかっているはずだ。
これは『大した問題』なのだということが。
リディアは何も言えないまま、ランディの視線に晒された。何か言わなければならない。だが、言葉が出てこない。
そのときだった。祈りの間の外で、大勢の人々の賑やかな声が聞こえた。その中で聞き慣れた声がリディアの耳に入った。
「……し、執務官が戻ったようです、ランディ様」
もしかしたら目が潤んだのを見られたかも知れない。しかし、それよりとにかくリディアはこの場を何とかして逃れたかった。彼女は扉のほうに小走りしてそれを開いた。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月