SOUVENIR II 郷愁の星
男は続きを言うことができなかった。その代わりに悲鳴をあげてその場に倒れ込んだ。ランディは速攻で駆けていき、剣を、仰向けに倒れている男へ突きだしたが、男はもう抵抗する様子はなく、足を押さえてわめいていた。見ると、太股に輪の飾りのついた細い千枚通しのようなものが深々と刺さっており、そこから血がどくどくと流れている。そこへエノルムが大きな図体のわりに機敏な動きで男の肩を抑え込んだ。同時に老人たちも兵士や民たちに取り囲まれて拘束された。
エノルムはランディのほうを見てニヤリと笑った。
「“戦いの巫女”さんをなめた罰だな」
ランディは改めてその刺さっているものを見た。それは、リディアの持っていた錫の上部だった。
リディアはジュリアスの腕の中にいた。利き腕である右側の手からローブにかけて返り血で赤く染まっている。リディア自体にけがはなさそうだ。少しほっとしたような表情でリディアは頭をジュリアスの胸に預けていたが、そこから離れると、苦笑して左手に持つ錫の下部を見せた。
「……そのような仕組みがあるとは思わなかった」
ジュリアスが脱力したように言った。そうだ、昨晩の状況を考えれば、リディアの持ち物は当然調べているはずだった。自ら命を絶つようなことをしないよう、ジュリアスは気を配っていたのだから。
「わからなかったでしょう? 普通に引っ張っても出せないのよ」
そう言うと、リディアは痛みにのたうち回る男から、冷然として錫の上部を抜いた。痛みのあまり男は大声をあげる。血も吹き出した。周囲の民たちもあまりのやり方に一瞬ざわめいた。
「……本来これは、神官の護身用であり、自害するときのためのものでもあるのよ」リディアはくるりと男に背を向けると続けた。
「エノルム、至急止血を。傷が深くても、先が細くて刃が綺麗な分、早く治ると思うけど」
「……了解」
呆気にとられていたエノルムは、リディアの行動が的確なものであることに気づき、明るい調子で返事をすると仲間の兵士たちに声を掛けた。周囲もほっとしたようだった。男は担架で運ばれた。
それを見送りながら、リディアはぼそりと言った。
「本当は殺してやりたかったわ」
幸いそれはあまりに小さな呟きで、周囲の民たちには聞こえなかったが、ランディはもちろん、ジュリアスにも聞こえたらしい。ジュリアスは苦笑するとリディアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
とんだ神官だ。ランディは再びジュリアスの胸に頭をもたれさせるリディアの小さな肩を見た。あんな華奢な身で立派にジュリアスを守ったのだから。その一方で本当は殺したかった、とは。あまりにも純粋であまりにも危なっかしい。
そしてもう一人。
「用は済んだな。私は部屋で休む」
ぼそりと言うと、クラヴィスがジュリアスやリディア、そしてランディの横を通り過ぎようとしていく。
「……クラヴィス」
小さくジュリアスが呼び止める。
「感謝はする。だが」
クラヴィスはジュリアスの言葉を無視してランディを見た。
「おまえもさっさと退散したほうが身のためだぞ、ランディ。庇ったあげく説教されてはたまらぬからな」
……もっともだ。ランディは肩をすくめた。
「じゃ、リディア、また後でね」
にっこり笑うとランディもクラヴィスの後に続いた。
「こら、ランディ……」
しかし、ジュリアスの呼びかけは民たちの歓声でかき消された。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月