SOUVENIR II 郷愁の星
◆8
この日を境に、ようやくリディアは父の死について考えてみる気になった。神官として改めて仕切直しをするからには、民たちに対して疑いを晴らしたいと思ったからだ。
いや、それ以前にリディア自身も納得できる答えが欲しかった。何せ彼はリディアが幼いころからほとんど話をしないで逝ってしまったのだから。当時はそのようなことより、ジュリアスに裏切られたという思いと、それとは裏腹な、父がジュリアスを殺そうとしたという事実で混乱していた。ただ、愛されていないという思いだけがリディアに残っていた。
民たちに自分が殺したとまことしやかに思われていたのは、まさにその意志があったが故に仕方がないのだが、それにしてもあの穏やかな死に顔が気にかかる。
まず当時父を診た医師が呼ばれた。心臓麻痺のようなもの、と彼はリディアが聞いた答えを繰り返した。毒殺の可能性についてはリディアも思うところではあったが(たぶん父は相当人々から不興をかっていたはずなので)毒の類は一切検出されなかったと言った。これはジュリアスも何人かの医師を手配して調べさせていたので信じざるを得なかった。第一毒殺されてあのような表情はしない、と異口同音に医師たちは言った。
では。
単なる病死。この星の者は【黒い土地】に行っている場合が多い。妻を亡くしてしまうまでは、リディアの父も民たちと共にここを耕して復活させようとしていた。体内に累積した瘴気がもとでということもありえる。穏やかな表情もある程度は納得……いや、リディアは言下に違うと否定した。あの日、神官として父は相当ダメージを受けていたはずだ。あのような表情を自然にできるとは思えない。
ならば。
リディアは、手にしていた錫を見た。父はこれを握って事切れていた。そして自分も、この錫を使って本当は罪をつぐなうために死のうとしていた。剣ではジュリアスに取り上げられてしまう。その点、この錫は。
「ジュリアスは知らなくて当然なんだけど」リディアは前置きして錫をジュリアスに見せた。「私が十五歳になったとき、父から呼ばれてこの錫について説明を受けたの」
それはいくつか付いている輪の組合せによって、錫の中に施された細工が動くというものだった。
「さっきのような場合はこれとこれとこれ」
たぶん他の者から見れば同じ輪だと思うのに、リディアはすっと三つの輪を選んでそれを引くと、しゅっと音がして千枚通しもどきの刃物が出てきた。そのあまりの精巧な仕組みにジュリアスは驚いたようだった。
「他にも仕組みがいくつかあるの。ただし、これは神官から次期神官へ受け継がれるものだから教えられないわ」
「それは言わなくともよい」苦笑してジュリアスが言った。「だが、その仕組みの中に何か思い当たるようなものがあるのか? 外傷は一切なかったぞ」
リディアはいくつかの仕組みを思い出してみた。だがどれも傷がつくものばかりで、調べる以前に見ればわかるという類のものだ。
輪をもてあそびながら、リディアはしばらく考えてみたが、ふと、思いついていくつかの輪を彼女なりの法則で組み合わせて引っ張ってみた。再びしゅっという音と共に錫のてっぺんが開き、そこから細長いカプセルが出てきた。そのカプセルには紙片と錠剤がいくつか入っていた。
ジュリアスは取り出そうとするリディアの手を止めると、ランディのもとへ行き、彼に随行している王立研究院の者に来てもらうよう依頼した。
研究院の者が用心深く調べた結果、やはり相当効き目が強く、後に残らないという毒物だった。だが、ムワティエにはこのような薬物は存在していないと星の医師たちが言った。研究院の者たちもこのような毒物は、相当文明の進んだ−−進みすぎた星にしか見当たらないものだと報告した。
「この錫は、ムワティエ前の時代の産物だな、きっと」
地面以外を消滅させた高い科学の力を持った、まだ丸い星だったころの。
「しかし、このこともリディアは知っていたのか」
ジュリアスの問いにリディアは首を横に振った。
「この薬の存在を知っていたら……私、きっととっくの昔に飲んでいたと思う……」最後は消え入りそうな声でリディアは言った。紙片にはリディアとそしてジュリアスの見慣れた文字で短く書かれていた。
「願わくは、リディアがこれを見ることのないように」
組合せを教えていて、これについては言いかけて父は間違えたと言った。故意に教えなかったのだ。
結局、リディアの父がはたしてその毒を飲んでの自殺だったのかどうかはわからなかった。たぶんそうではなかったかと思われたが、遺書もないので確たるものではない。
それでもリディアはジュリアスにしがみついて少し泣いた。ゆるりと髪を撫でてくれる心地良さに、ようやくリディアは紙片の言葉を受けとめることができた。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月