SOUVENIR II 郷愁の星
翌朝、リディアはクラヴィスからの命で祈りの間に来た。すでにクラヴィスとランディ、そしてジュリアスが控えていた。
「……今、この星の、人の住む側の地が何を求めているかわかるか?」
クラヴィスの問いに、リディアは俯いた。わからない。
「わからないのなら、祈ればいいんだよ」ランディが明るく言った。「『天使様』にね」
ハッとしてリディアは顔を上げ、目の前の天使−−女王像を見た。尋ねても大丈夫なのだろうか……。リディアは救いを求めるようにジュリアスのほうを見た。ジュリアスは深く頷いてみせた。それに意を強くして、リディアは再び像のほうを見ると、跪いて祈りを捧げた。
「水の力がいいと思うの」
目を伏せていたリディアの耳に、はっきりと声が聞こえた。思わず見上げると、まさにあのふわふわの巻毛の少女がいて、にっこりと笑っていた。
「ごめんなさいね、この星のこと、気づいてあげられなくて。この前の炎と鋼の力だけは絶対今与えてはだめだとわかったから来たんだけど」
リディアが唖然としているのを苦笑しながら、少女はすい、とリディアをすり抜け、ジュリアスのほうへ行った。キラキラと輝く幻がすり抜けた瞬間、暖かくすがすがしい気持ちになった。
その幻に向かってジュリアスが跪いて礼をした。
「ジュリアス」
少女−−女王は礼をするジュリアスに呼びかけると、ドレスの裾をつまみ深々と礼を返した。リディアはぎょっとしたが、それにはさすがにジュリアスも驚いたようだった。
「陛下……!」
思わず、ジュリアスは民たちのように天使様と呼ばず、彼にとって慣れた言い方で呼びかけた。
「この星のこと、私も勉強になりました。聖地を出られてからも、あなたは私にいろいろ教えてくださるんですね」
そう言うと、女王は再びリディアを見た。
「ジュリアスのこと、よろしくお願いしますね」
リディアは何も言うことができないまま、あたふたと礼をした。きっと後で「きちんと御礼を言えるようにならねばな」と言われるだろう。
それ以前にジュリアスは少し困ったような表情でこちらを見ている。きっと守護聖だったことがリディアに知れた、と思っているに違いない。
ジュリアスはジュリアスなのだから、私はそれでいいんだけれど。
リディアは今度はきちんと笑顔でジュリアスに応えた。
女王は続いてクラヴィスを見た。
「クラヴィス、大変でしょうけれど……よろしくね」
次代に移る間際にいるクラヴィスに労いの言葉をかけると、女王はランディに微笑みかけた。
「オスカーのこと、許してあげてね、ランディ。だってオスカーに代わって次はあなたが星を視察するんですもの、オスカーも必死だったのよ」
「……え?」
ランディは思わず聞き返したが、横でクラヴィスが首を横に振ったので、それ以上は尋ねなかった。女王は再び微笑むと、すっと消えた。
その日の夕方、ランディはクラヴィスに言われて共にジュリアスの館を訪ねた。その足でクラヴィスはまた【黒い土地】へ力を授けに行くのだと言った。
そこで、ランディは次期首座がオスカーだと初めて聞かされた。
「ルヴァは?」ジュリアスが淡々として尋ねた。
クラヴィスは苦笑した。
「固辞された。だが確かに助言役としての立場のほうがルヴァには向いているかもしれない」
「……なるほど、ルヴァらしい」ジュリアスは微笑んで頷くとクラヴィスのほうを見て言った。
「……で、どうするのだ、これから」
「さて……」クラヴィスはぐるりとジュリアスの館の居間を見渡した。
「おまえはどうするのだ?」
ジュリアスは眉を顰めた。
「私?」
「リディアと一緒に住むんですよね、また神殿で」
あっさりとランディが答えた。祈りの間から出た後、リディアからそう聞いた。リディアのそのときの笑顔はまさに花のようだった。
「以前住んでいた場所に戻るだけだ」
照れ隠しなのだろう。短く答えると、ジュリアスは今度は立って窓のほうを見ているクラヴィスに声をかけた。
「何をしている。そなたにしては落ち着きがないな」
全くだ。いつもはじっとしているのに、とランディも不思議に思った。
「私が直々この星を訪れて力を与えた礼が欲しいのだが」
くすり、と笑うとクラヴィスが窓から目をジュリアスに戻して言った。ジュリアスが呆気にとられた顔をするのも当然だと、ランディはジュリアスに同情した。
「……言ってみるがいい」
苦々しげにジュリアスが言った。
「この館、譲ってもらえぬか」
しばらく沈黙が続いた後、クラヴィスがぼそりと言った。
「先を越されるとは思わなかったのでな」
「何?」眉を顰めたままジュリアスが言った。
「おまえがこの星に住みついているのを知ったとき、正直驚いた」
まだ呆然としているランディに、クラヴィスは苦笑しながら話し始めた。
この星がまだムワティエという名前でなかったころ、クラヴィスはジュリアスと共にこの星を訪れ、あの悲劇が起こった。二人は必死で逃げた。今も次元回廊が通っていないような僻地の星なので、当時も民間の宇宙船になんとか潜り込んだという酷いありさまだった。狭い宇宙船の部屋から、二人は黙ったまま星を見ていた。
「私たちは二人とも情けないことに震えていたな」ジュリアスが苦笑して言った。「今だから白状するが」
そして、星が見えるか見えないかというところまで来たとき、閃光が宇宙空間を走った。
「この星はもうだめだと思った」クラヴィスはぼそりと言った。「そして酷い思い出しか残らなかった、と思っていた。なにせ私は足手まといになってジュリアスに人殺しをさせたのだからな」
その言葉に反応してジュリアスは、ふと気づいたようにクラヴィスを見た。
「そなた……何か考え違いをしていないか?」
ランディもそう思った。今ならわかる。
「私があのとき民に刃を向けてしまったことを、自分のせいだと思っているのか?」
ランディが、クラヴィスからジュリアスが闇の力を他の民も巻き込んで与えることのないよう、その一人を滅したと聞いたことを、ジュリアスに伝えた。
「それは私のことを買いかぶり過ぎだ、クラヴィス」
ジュリアスは肩をすくめると、くす、と笑った。「……リディアを笑えぬな」
「何?」買いかぶりだと言われて今度はクラヴィスが眉を顰めた。ジュリアスは少し笑みを控えて答えた。
「そのような、そなたの力のこととか、守護聖だからとか、民だからとか、何も考えていなかった。私はただ、そなたを殺そうとした者が憎かったのだ」
そう言ってしまってからジュリアスは、表情を引き締めてランディのほうを見た。
「真似をするのではないぞ、ランディ。これは非常に悪い例だからな」
クラヴィスはジュリアスの言葉に驚いたようだった。彼には思いも寄らなかったらしい。
「もしもそなたがあのとき殺されたりしたら、私は私を一生許せなかっただろう。だから、あのこと自体、正直なところ私は全く後悔していない」きっぱりとジュリアスは言い放った。
「ただ、もっと腕が良ければ、殺さずに済んだものを、と思っている。それだけ未熟だったということだ」
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月