SOUVENIR II 郷愁の星
リディアは、そのときジュリアスが笑ったのを見た。あんな嬉しそうな笑顔は久しぶりだ。守護聖相手にどうしてあのような笑顔を見せるのか、リディアには解せなかった。
ランディは確かに彼女が思った以上に強かった。ジュリアスとあれだけ剣を交えることができるのはこの星の兵士でもそうそういない。とくに腕っぷしが強いというわけではない、だが、彼は冷静に相手の動きを見て弱いところを突くのが得意なのだ。その点、ランディはよくがんばっていると思う。しかし、そういうことでジュリアスが笑みを浮かべるとは思えない。
執務官のジュリアスとは、十年前、まだリディアが六歳のころ神官の父が面白がって彼を館に客人として迎えて以来のつきあいだ。この星に移住したいと言ったので、父が次期神官の彼女の教育係を務めてくれるのならば神殿に住んでも良い、と提案したのだ。
ジュリアスはぶっきらぼうながらもいろいろとリディアに教えてくれた。剣も、知識も、そしてこの星以外の宇宙のこと、女王陛下のことも。厳しくて泣きたいこともあったが、ジュリアスは子どもであっても決してリディアを甘やかそうとはしなかった。しかし、たまに笑うととても優しい顔になった。その笑顔が好きだった。
やがて彼は、めきめきと頭角を顕し、この星を事実上統べる父の対角をなす執務官の地位に就いた。もちろんそれは父の後押しもあったからだが、それよりもその類稀な指導力に起因していた。いわば『よそ者』である彼に対して悪く言う者も少なくなかったが、それでも相手の才能を見抜き、認め、適材適所に配置して人を使いこなすということについての彼の才覚は認めざるを得なかった。それに星の有力者であり、いつまでも因習にとらわれている老人たちを前に堂々と異議を唱え、彼らを抑え込んでいることもリディアには快かった。
彼が執務官として政に精を出すようになるまで、彼はいつもリディアのそばにいた。教育係というのが彼に与えられた任務だったのでそれに忠実であったことは間違いないが、リディアは彼と一緒にいられることがとても嬉しかった。父はどうもリディアと接することが苦手なようだ。それは、リディアが長ずるにつれて早くに亡くしてしまった母に似てくるからだろう、と神殿で昔から働く女の一人が言っていた。自分が産まれたこと、そしてあの【黒い土地】のせいで最愛の妻を亡くしたからだ、とリディアは思っていた。幼いころは父とも話ができず、孤独だったが、ジュリアスが来てからは寂しいと思ったことはない。リディアにとって、ジュリアスは師であると同時に、父であり、兄だった。
だが、昨年父が亡くなってリディアが神官として跡を継いだあたりから、彼女は彼に対して親しくできなくなった。父の死の原因は神官としての威厳を傷つけられたことにある。
傷つけたのはジュリアスだ。
天使様は神官である父でなく、彼に味方した。
……リディアはそう思い込むことで自分を保っている。
それにしても、この兵士たちの生き生きした表情は何なんだろう。神殿では彼らは滅多にこんな顔をしない。何かに怯えるようにしてこちらを見ているというのに。
“戦いの巫女”。確かにそう言われている。それ自体に彼女は頓着しない。しかし、一年前に神官だった父が死んで彼女が受け継いでから、その呼称は別の意味も含んでいる。惑星ムワティエの神官の手は、文字どおり戦いで血まみれなのだ。
彼女は不機嫌な顔になると、賑やかな修練場を後にした。エノルムだけが、そっと去っていくリディアを見送った。
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月