SOUVENIR II 郷愁の星
「初めて会ったときのジュリアスって生意気でよぅ」
街の酒場で大きなジョッキに注がれた酒をぐいぐいと飲みながらエノルムが言った。
「この酒場のあそこの席で、つんとお澄ましして食事してやがった」あたかもそこにジュリアスがいるように指さした後、エノルムはランディに肉料理の載った皿を突き出した。ジュリアス、そしてエノルムと相手をしたランディはもう腹が空いてたまらなかったのでにっこり笑うとそれを受け取った。久しぶりに体を動かせたこともあり、ランディの気持ちは晴れやかだった。それに、歓迎の宴はうまく中止にしておいた、とジュリアスから聞いたランディはほっとした。ある程度執務をこなしたら合流するからと言われ、ランディはこの気さくな酒場にエノルムや兵士たちと共に来ている。
「俺は今もそうだが腕自慢で、男だか女だかわからないが、ともかく態度がでかくて気に障って喧嘩をふっかけたんだ」
男だか女だかというのはともかく、態度のことは確かにそうだ。鋼の守護聖であるゼフェルがよく怒っていたっけ、とランディはクスッと笑った。
「ところがあいつ、強くてよー。強いというか、速いんだよな。でも、あんたほどじゃなかったと思うけど。さすが風の守護聖様は動きが風みたいだな」
結局ランディに一本とられたエノルムは照れくさそうに言った。年、食ったんだよー!と野次が飛ぶ。
「で、俺も自分のふがいなさに腹が立って、『剣なんか振り回すな、卑怯者!』って言ったんだ。そしたらあいつ」クスクスとエノルムが笑う。「事もあろうに、剣を投げ捨てて、素手で俺の相手をしようとしたんだ。あのときはおかしかったなぁ」
横で少し年輩の兵士が笑って続けた。
「エノルムに素手で相手したのは、後にも先にも執務官殿だけですよ。誰が好き好んでこんな馬鹿力の持ち主に素手で喧嘩なんか」
「ジュ……あの人が……?」
ふとランディは、クラヴィスの言った言葉を思い出した。
……もともとあれもおまえほどではないにしろ血気盛んな質だからな……。
「卑怯者、というのが効いたかねぇ」
「おう、たぶんそうだぜ。意外と負けず嫌いそうだからな」エノルムとその当時を知る年輩の兵士の話に、ランディだけでなく、他の兵士や住民たちも耳を傾けていた。こんな話が聞けるとは思わなかった。ランディは楽しくて仕方がなかった。
「そのときにまだ小っちゃかった巫女さんが居合わせて、俺様に殴られてくたばってたジュリアスに水を飲ませてやったのが事のはじまりさ」胸を張って言うエノルムに年輩の兵士がひやかした。
「おまえなぞとっくに目を回してたじゃないか、スタミナ切れで。執務官殿はまだちゃんと意識があったぞ」
「けっ」
ふてくされてエノルムがまた酒をぐいっとあおった。巨漢の彼が飲むとそれは瞬間でなくなる。おかわりと言いながら、エノルムは少し小声になった。
「巫女さんは昔は可愛かったよぅ。先代の神官だった親父さんがまだ真っ当なころはな」
「おい、エノルム。まずいよ、その話は」年輩の兵士が咎めた。
「あんた、この星に視察に来たんだろ? ランディ様」
真っ正面からランディを見据え、エノルムは言った。
「なら、とっくにわかってんだろ、この星が変なことはよ」
ランディは黙ってエノルムの言葉を待った。
「俺はいやなんだよ、あんな親父のことで、ジュリアスと巫女さんが揉めてるのはよ」
「揉める?」思わずランディは聞き返した。
「まずいってば、エノルム」その場にいた若い兵士も言った。とたんにその場がざわめいた。
「守護聖様なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってるんだ。黙れ!」
エノルムはそう言ってその場をジロリと睨みつけると、またランディのほうに目を向けた。
「俺との喧嘩が縁で、ジュリアスは巫女さんの家−−神官の元に居候することになった。ちょうどこの星に住むつもりだったらしく、あいつにとっては渡りに船だったらしい。巫女さんの教育係……いわば家庭教師みたいなものになったんだな」
ジュリアス様が家庭教師……? ランディは驚いてエノルムを見た。
「だが、もともときっとどっかで才能があったヤツなんだろうよ、あっという間にこの星の政治を司ることになった」
それはそうだろう。聖地で首座の守護聖だったのだ。この星一つの政治などでなく、全宇宙に向けて力を使う守護聖の、だ。
「巫女さんの親父……死ぬ前は、あれ、絶対、天使様が見えなかったんだぜ」
作品名:SOUVENIR II 郷愁の星 作家名:飛空都市の八月