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朱金の王花

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 花の精はすがるように檻の格子に近づいて、愕然とした。柱には呪いがこめられている。花の精の本当の名前を知る王だからこそ、ここに閉じ込める呪いをこめられた。縛られることはないだろうと、そう信じていたのに。何もかもが裏切られてしまった。淡い好意も何もかも。眷属が美しい国の若く良い王だというからやってきたこの地上、この国、そしてこの目の前の男。それらに確かに、人間でいうのなら、花の精は惹かれていたのだ。だがその気持ちは最悪の形で裏切られたのである。
「だましたな…」
 花園の緑を握り締め、血を吐くような気持ちで花の精は吐き出した。天に帰るための衣は奪われ、清廉だった身は獣のような仕種で穢されてしまった。
「騙したな…!」
 打ちひしがれていたような体を立ち上がらせ、檻の向うで怒りに頬を紅潮させ、花の精は詰った。本人は気づいていないだろうが、もともと美しかった顔が今は生気に満ちてさらに輝きを増している。皮肉なこともあるものだと男は思った。穢されたことでもっと美しくなるなんて。
 内心の後悔も何もかもを隠して、淡々と男は返した。もはや丁寧な口調は失せていた。敬う気持ちが消えたわけではないし、慕う気持ちなど刻一刻と増していくほどだったが、それを逃げ道にしないだけの誠実さはまだ彼にもあったのだ。
「――人間にも知恵はあるのだよ、朱の花よ」
「変な名前で呼ぶんじゃねえ、つってんだろ!」
 花の精もまた、地上に留まるうちに染み付いた市井のぞんざいな口調で怒りを露にした。
「…いいじゃないか。君の時間は無限にあるのだろう?」
「…?」
「君にとっては瞬きするほどの時間だ。月が出て、太陽が昇るまでのほんの短い一夜の夢のような、本当に短い時間だ、この国の、命数なんて、たかが」
 呪術の力が働く庭には、時間の流れがない。花の精にとって忌むべきものである冬がそこにはないのだ。常春のその庭では、大輪の牡丹さえ咲いている。これだけの庭を作り出すのには恐ろしいほどの手間がかかったが、王はこの一点に関して躊躇わなかった。どうしてもこのひとを地上にとどめておきたかった。どこまでいっても天のいきものである花の精に、王の気持ちはけして理解できないだろうけれど。
「長いとか短いの話じゃない!こんな風にだまし討ちにして、閉じ込めて…!思いあがるな、人間!」
 男は、柱の前、膝をついて頭を下げた。
 その突然の仕種に、そのひとの鋭い舌鋒も止まる。
 そうすればこの善良な花の精は黙ると思っていた。それを見越してやったのだ。男は確かに卑怯だった。そしてそれはつまり、それだけなりふり構わずに恋をしていたということでもあるのだろう。
 地上のいきものではない相手には、けして通じないだろうけれど。
「…許してくれとは言わない」
「……おまえ…?」
 顔も上げず、王たる男は苦しげな声で紡いだ。だがこれらもすべて演技だったかと言うとそういうことでもない。切々と訴えれば花の精が言葉に詰まることは予想していたが、だがそのために切々と訴えたわけではなかった。本当にそういう声しか出なかったのだ。
「…だが、……わたしは、」
 その消え入りそうな声は、人ではないものであるはずのその「ひと」の胸にまで響いた。恐らくは発した本人が思った以上に。無意識に押さえられた胸はその現れだったのではないだろうか。
「……呪われればいい。お前なんて」
 吐き捨てていた。閉じ込められた自分に、もう人間一人だって呪う力もないのはわかっていたけれど。そして心の底では、呪うことなんて思いも寄らない自分がいるのにも気づいていたけれど。だからもう吐き捨てて、それからは背中を向けて檻の奥へ逃げた。
 閉じ込めた箱庭、その奥へ消えてしまう花の精、その華奢な背中を視線で追いかけ、男は涙を流すこともなく苦痛とそして歓喜に耐えていた。抑えなければ叫び出してしまいそうだった。自分でも、自分がどれだけ許されないことをしているかはわかっていた。
「…それでも、俺は」
 噛みしめるようなその声は、花の精に届くことはないと彼は思った。だから、台詞には続きがあった。
「…あなたを、ここに、とどめておきたかった…たとえ天が許さなくても」

「………」
 エドワードはふっと戻った意識に呆然とした。一瞬、自分がエドワード・エルリックなのか「花の精」なのかわからなかった。だが目の前にいる自分とよく似たひとを見れば、自分の正体がすっと入ってくる。
 花の精には聞こえていた。王の慟哭のような告白が。だが許すことはできなかった。けれどもう、憎むことも呪うこともできそうになかった。呪うべきは己の浅慮だと、そう責めることしか。もしも自分が名を渡さなければ、男はあんな暴挙に出なかったかもしれないのだ。自分が残酷なことをしたと、長い時をかけて花の精は理解した。もう赦しを与える相手などとうに消えてしまった後になって。
「……後悔してるのか」
 エドワードはぺたんとしゃがみこんだまま、目の前のひとに問いかける。彼だか彼女だかわからない、むしろ恐らくはどちらでもないのであろうひとは、曖昧に笑って首を傾げた。
「…わかってると思うけど…、今はもう、多分、あの王様が生きてた時代からずーっと、ずーっと時間が経ってる…」
 きれいなひとは泣きそうな顔をした。自分に似ている顔を「綺麗」と称するのはやや抵抗があるのだが、似ているのは似ているにしても、雰囲気や何かがまったく違うから、確かにそのひとは「綺麗」だと認めるしかなかった。エドワードは慌てたように膝を寄せる。なんだか手のかかる子供みたいだ、と思う。そのひとは、涙をとめる術を知らないようにただ黙ってうなだれて、ぽろぽろと涙をこぼした。
「…種って、なんだ?」
 エドワードは一度離した手を、今度は自分から握った。話を聞くよりも、記憶の中に飛び込む方が早いと思ったからだ。
 花の精、は顔を上げ、エドワードが握った手を握り返す。そして、一度瞬きをした。
「…ああ、そうか、」
 記憶をのぞくまでもなく、今度は思いが伝わってきた。不思議な体験だった。しいていうなら共鳴していたのだろう。
「…花の種を飛ばすみたいに、あんたの…牡丹の花の精の思いを…」
 全部言う前に、そうだ、とばかりこくりと花の精は頷く。記憶の中で「王」とこのひとはよく話していたのだが、どうもエドワードを相手にすると言葉を発するよりこうするのが早いのかあまり話さない。
 百花の園は結界に覆われている。花の精はここから出ることはできない。だが格子から物理的に何かと触れ合うことはできる。だから、その隙間から風に乗せて種を飛ばした。ただの花の種なら土地に根付いて花を咲かせるのだろうが、花の精が飛ばしたのは、ただ花を咲かせるだけの種ではなかった。その花が咲く場所に思いを運ぶためのもの。少しずつ身を削るようにして、花の精は自分の一部を外に送り出していた。
 なんのために?
「…王様に会いたかったんだ?」
作品名:朱金の王花 作家名:スサ