二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

朱金の王花

INDEX|8ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

 駅ではぐれたアルフォンスは暫し呆然としたが、そのままでいてもしょうがない。そういえば昨夜、行きますって連絡したんだっけ、と思いながら東方司令部のことを思い出す。もう一度連絡してみよう、と思ったのは、昨夜泊まった部屋で話した昔話が原因だった。
 それに、大総統が何を考えているのかわからない以上、東方司令部に相談するのはそんなに悪い考えでもないように思えた。それくらいには、彼らの忠誠心の向かう先をアルフォンスは把握していたのだ。
 連絡すれば、時間帯のおかげだろう、ホークアイ中尉に繋いでもらうことができた。
 エドワードに何かあったときのために、と自分にも司令部の直通番号を教えてくれた大人たちに改めて彼は感謝の念を抱く。
『昨夜伝言をくれたそうね。ありがとう。元気だったかしら』
 穏やかな声を聞いていたら、案外自分の心が強張っていたのだ、ということにアルフォンスは気づいた。だが考えてみれば無理もない。兄が突然目の前で掻っ攫われたのだから。
「…おかげさまで。そちらはみなさん、おかわりないですか?」
『ええ。ちょっと変わってもいいくらいにね。大佐は相変わらず山作りがお好きで困ったものよ』
 山といえばあの例の白い山脈だろう。くすりとアルフォンスは笑う。
『ああ、でも。ちょっと元気がなかったかもしれないわ、エドワードくんと喧嘩をしてから』
「喧嘩、…ああ」
『大人気なくて困ったものね。…だから、これから来てくれるのを一番喜んでいるのは、大佐じゃないかしら』
 アルフォンスはあの大人の意外な少年らしさを思い浮かべ、声もなく笑った。エドワードのコートを隠してしまったあの悪戯、子供じみていておかしいと思ったものだ。
「…それが、中尉、ちょっと予定がかわってしまうかもしれないんです」
『あら、残念ね』
「…でも、ボクだけそっちに行った方がいいかもしれなくて。ちょっと迷っているんです」
『…どういうこと?』
 中尉の声が少し変わった。探るようなそれに。アルフォンスは一呼吸ついて声を整える。
「兄さんが、なんでか、大総統に…」
 すぐには返答が返って来なかった。内容を思えば無理もないかもしれない。
『…アルフォンス君、大佐にかわるわ。話してもらえる? それと、今は公衆電話ね。あたりには誰かいる?』
「いえ、…普通に通行人がいるくらいで、特に怪しい人はいません」
『そう。ちょっとそのまま待っていてね』
 はい、と答えて暫しの沈黙。思っていたより早く、ロイは通話口に出てくれた。中尉が言った通り、彼は本当に兄弟の来訪を、正確にはエドワードの来訪を心待ちにしていたのかもしれない。
『アルフォンス。私だ』
「こんにちは、大佐」
 電話を通して彼の声を聞くのは初めてかもしれなかった。深く落ち着いたいい声だ、とアルフォンスは思った。
『鋼のが、大総統にどうしたと?』
「その…ボクら駅に向かったんですけど、ちょうど視察帰りだとかいう大総統と遭遇して、よくわからないんですけど、やたらとハイテンションなおじさんに兄さん連れて行かれちゃって…」
 で、後で聞いたんですけどあれが大総統だっていうから…、とありのままを答えたら、苦渋に満ちた抑えた溜息が聞こえてきた。今頃こめかみでも押さえているかもしれないな、とアルフォンスは想像した。
『…そうか。…アルフォンス、今から言う住所へ向かってくれるか』
「え?」
 ロイは待ったもなしで住所をすらすらと口にした。慌てて復唱すれば、よし、と頷かれる。せっかちなのではなくて、彼はアルフォンスをそれなりに信頼しているのだろう。それがわかった。すぐに言いつけても対応できるだろうと考えてくれているのだと。
 それはなぜか誇らしい感情だった。


 アルフォンスからの電話が終わると、しばらくロイは口を開かなかった。中尉もまた促すことはしない。彼が何かを考えていることはわかったからだ。
「…中尉、ひとつ頼みがある」
 やがて目を開けると、ロイは決意を窺わせる目で副官に告げる。
「なんでしょう」
「休暇を申請したいんだが」
「私事で動かれるということでしょうか」
 ロイは瞬きをした。そうといえばそうだが、はっきりと口にするのにはやや戸惑いがあったのだ。
「実は、締め切りが迫った提出書類がありまして。予算に関係するものですので、誰か直接中央に出張しなければならないかと思って頭を悩ませていたのです。誰も自由に動かせる人間がおりませんでしたので」
 ホークアイ中尉は淡々と口にした。ロイは目を瞠る。
「大佐が中央に行かれるのでしたら、これ以上の適任はありません。お願いしてもよろしいでしょうか」
 微かに目を細めるのが少し勝ち誇ったように見えて若干癪だったが、読まれてうまく封じられたのは自分の方だったから、ロイは潔く降参することにした。それにどの道、自分にとっても都合のいい話なのだ。
「私は優秀な部下を持って幸せだ」
「ご冗談よりお支度をどうぞ。今チケットを手配しますので、最低限の処理をそれまでにお願いいたします」
 よく出来た部下はきちんと一礼をして退出した。
 ふう、と溜息をついてロイは目の前を見渡す。
「最低限、ね…」


 弟はうまく逃げられただろうか、と思いながらも、エドワードは案内される古い回廊に半ば以上意識を持っていかれていた。そして、ロイがいつかしてくれた話を思い出していた。確かに彼は嘘を言ってはいなかったのだ。
 今彼は、大総統ひとりに案内されて、その直轄府の中を歩いていた。それ以外の随従の人間とは、随分前に別れたきりだ。
「こんな古い場所があるとは思ったこともなかっただろう?」
 物珍しげな顔がわかったのだろう、大総統に問われ、エドワードは渋々と言った様子で頷いた。だがその「渋々」の中には、ロイを信じなかった負い目も含まれている。そこまでは大総統にもわからなかっただろうけれど。
 二人は古い回廊を歩いていた。だが、ロイに聞いた通りだとすればこれはいつか終わり、その先には牢獄のような場所があるはずだった。
「…っ」
 先の方に光が射しているのを見て、エドワードは息を呑んだ。だが歩みは緩めない。そうすれば、程なくしてその場所は眼前に現れた。
「…!」
 堅牢な鉄の柱。その牢獄の向うには、確かにありえない極彩色の空間が封じ込められていた。春でもないのに咲き乱れる花の匂いは濃く、エドワードの立っている場所まで流れてきた。思わず立ちすくむ少年に、隻眼の支配者は鷹揚に口にした。
「ようこそ、秘密の花園へ。鋼の錬金術師君」
作品名:朱金の王花 作家名:スサ