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朱金の王花

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第二節 王の系譜



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 昔々、本当に気の遠くなるくらい、昔。
 天上から美しい花が零れて落ちてきた。国を治める若き王は一目でその花の美しさに魅せられた。今となっては王の名も失われて久しいが、花の美しさは変わらずに地上に在る。それは、アメストリスの支配者達のみに代々伝わってきた伝説。国を治めるのが王でなく、違うものになっていっても、それだけは変わらずに、ひそやかに伝えられてきたのだった。

「……」
 格子の向うを見ながら呆然と立ち尽くしている少年の頭のてっぺんを見ながら、隻眼の男、あえていうのならば当代のアメストリスの覇者たる男は、眼帯のない方の目を無言で細めた。
 中央司令部が立っている場所はその昔、王城があったとされる場所である。
 王が絶えてからすぐに軍人の時代が来たわけではなく、長い空白の時代が存在するのだが、その間もずっと、この場所は特別な場所として守られていた。正確には、争われていた、というべきかもしれない。この花園、その中心に閉じ込められた存在こそが、この国の王権を証するものだと信じられてきたからだ。
 ブラッドレイはそんな迷信は信じていなかった。だがしかし、この場所が恐ろしく昔から変わらずに在るということを無視もしていなかった。自分は恩恵も何も信じなかったとして、世の中には信じている連中もいる。そうした連中にこの場所や伝説の存在を明かすのは愚かなことでしかない。だからこそブラッドレイはこの場所を誰にも明かさなかった。今日という日が来るまで、誰にも、一度も。
 堅牢な柱に囲まれたその空間、まさしく百花繚乱の箱庭の中には、ずっといたのかその時現れたのか、誰かが立っていた。後姿しか見えない状態でも、すっとした立ち姿もあでやかな雰囲気を纏っている。そして、その誰かはゆっくりと振り返った。背中の半ばほどまでの金色の髪がたおやかに揺れる。少年が、微かに喘いだようだった。
「……」
 振り向いたひとの、黄金の瞳がブラッドレイと彼に伴われた少年に向けられた。相手の方でも少年の顔を見るや驚いたらしく、大きな金色の瞳は呆気にとられた様子で瞠られた。
「今日はお顔を見せておくれか」
 大総統が穏和にさえ聞こえる調子でかけた声は、どちらかといえばからかうような調子だった。だが、エドワードの耳には入ってこなかったし、檻の中の佳人にしても聞いているのかどうか怪しい雰囲気だった。
 エドワードはふらり、と檻へ一歩近づく。佳人はただ立ち尽くし、言葉もなく少年を見つめている。
 よく似たふたりだった。檻の中にいるひとはどうにも人間離れして見えたが、それでも人間にしか見えない少年とよく似ていた。髪の色や瞳の色などほとんど同じだ。
 少年は脳裏に思い起こす。後見人たる男が話してくれたことを。信じていなかったことが、真実だったという事実を噛み締めながら。

『鉄の柱が何本も立っていて、牢獄のようだった』
『だが、その奥はまるで花園だった。たくさんの鮮やかな花が咲いていて。…その時期に咲くはずもないような花まで』
『そこに、君と似た人がいたんだ』

「…あんた…」
 季節も気候も無視した色とりどりの花園の中に立ち、こちらを見ている自分と似たひとに、エドワードは問いかける。格子に触れて、中へ手を伸ばす。大総統は黙って様子を見ていた。顔は普段と変わらなかったが、どこにも隙はなかった。
「…誰…」
 ――しかし。その大総統でさえ、その次の瞬間顔色が変わった。目を見開いて、一瞬にして格子まで距離を詰めていた。だが間に合わなかった。彼をもってしても。

「――」

 格子に触れて中へ手を伸ばしたはずのエドワードは、自分の体がまるで格子をすり抜けたように花園の中へ入り込んでいたことに、最初気づかなかった。だが、踏み出せないはずの足がやわらかい草を踏んだ感触ではっとした。そして、見開いた瞳の前には、さっきよりもずっと距離を詰めた自分に似たひとが立っていた。ロイが言ったように、見たこともないような白い長い服を着た。
 そのひとは微かに困ったような顔をしてエドワードの手を取った。
「…っ!」
 まるで投げ飛ばされたような衝撃を覚えたが、投げ飛ばされたわけではない。瞬時にして、何か膨大な情報がエドワードの中に飛び込んできたのだ。真理の門と少し似ていた。だがその、エドワードが感じた一瞬は、檻の外のブラッドレイにとってはもっと長い時間だった。
 彼にしてみたら、自分はどうあっても中へ入り込むことの出来ない、自分だけではなく誰であっても入り込めない場所に、格子もあったのにまるですり抜けるようにして隣にいた少年が消えたのだ。不可解もいいところだ。しかも、少年は相手に手を取られたと思ったらがくんと力を失ってしゃがみこんだ。何が起こっているのか全くわからない。
「去れ」
 美しいが冷たい声で、檻の中の住人は大総統へ告げた。
「…その子は?」
 昏倒からは覚めたのか、頭を振っているエドワードを視線で示しながらブラッドレイは問う。どうするつもりかと。だが佳人は冷たい顔で答えを発せず、少年の手を引くようにして花園の奥へとかき消えた。後には丈の高い花が揺れていただけだ。

 エドワードの中へ流れ込んできたのは、歴史、それもごく短い間の誰かの人生、のようなものだった。つまりは記憶ということだろう。真理の扉の時と違うのは、それが特定の誰かのものだということだった。
「……あなたは、」
 黒髪に揃いの黒目の、まず十人いたら八人が美男子だと言うだろう容姿の整った男が、記憶の始まりだった。彼が着ている服は歴史の教科書に載っているような古い服で、そして、それを着ている男はエドワードが知っている男の顔とよく似ていた。
 彼は呆然とした顔でこちらを――エドワードの中に流れ込んできた記憶の持ち主である「誰か」を見ていた。呆然と言うか、陶然、といってもよかったかもしれない。まるで魂を奪われたような顔だった。
 彼が見ていたのは、大輪の花を咲かせる潅木だ。それが花開いた瞬間、彼はありえないものを目にし、ただただ呆然とするしかなかった。
 王の花とも呼ばれる大輪の牡丹。丹精されたそれらが美しい花を咲かせることは周知の事実であり、城の主、王である男はその開花を見るべくそこに立っていた。その時奇跡が起こったのである。

「おまえが、王か」

 開花の瞬間、弾けた音と光。そしてそこには見たこともないような美しいひとが佇んでいた。どこから入ってきたのかと従者がざわめくが、王たる若い男は気にもせず、ただ見とれるようにじっとそのひとを見ていた。
 花の色と同じく鮮やかな紅の衣を纏った、金色の髪と瞳の「誰か」。その絶世の佳人はどこから見ても人ではない風情に溢れていたが、その圧倒的な美しさの前に、誰もが警戒も恐れも忘れていた。王もまた例外ではなかった。
「わたしはこの花そのもの。天の本性。あまりにもこの地できれいに咲いたので、咲かせた王を見に来たが」
 ふわり、と漂うようにして近づいた佳人は、ふふ、と悪戯っぽく笑って王を見上げた。王は瞬きもせずそのひとを見つめていた。その瞳を見れば、彼が一目でこの相手に心を奪われたのだとわかる。恋に落ちたのだと。
「そなたがこの地の王か。見事に咲かせたものよ」
作品名:朱金の王花 作家名:スサ