こらぼでほすと 拉致10
ナタルの指名は年少組だ。だから、今日はキラを指名している。いつもは、シン、レイ、紅あたりを指名して一緒に食事しているのだが、さすがに試験休みでは仕方が無い。
「学生の本分は勉強だ。それは仕方が無いだろう。ニール、キラが来るまで相手をしてくれるか? 」
「はい、喜んで。飲み物は、いつものでよろしいですか? 」
「ああ、それで頼む。」
キラが他の接客をしているので、ナタルのほうにはハイネとダコスタが座るつもりでスタンバイしていたのだが、ニールが指名を受けてしまった。
「ナタルおねーさま、俺もいいかな? 」
「いや、レアホストだけでいい。」
ハイネがフォローするつもりで近寄ったが、追い払われた。ニールが店に現れることは少ないから、たまにはもてなしてもらおうということらしい。店に滅多に現れないレアホストというのをニールの売りにしているから、発見した場合は、即座に指名されるなんてことになる。
「とは申しましても、俺は下手ですよ? ナタル様。」
用意されていたカクテルを運んできて、ニールは苦笑しつつ手渡している。滅多に現れないというより、体調の具合で出て来れないのだから、ホストとしての修行は、あまりしていない。
「そうかな。私としてはニールは話しやすいと思うんだ。」
「ありがとうございます。では、食事の取り分け辺りからさせていただきますね。」
人当りの良い性格だし、女性の扱いも慣れているから、そういう意味ではニールは卒が無い接客ができる。それに、ナタルには尋ねてみたいこともあった。『吉祥富貴』のスタッフというのは、基本、キラと同じように先の大戦で活躍していたモノが揃っている。一部、八戒や悟空のような、そちらの関係者でないのも含まれているが、それでも、何かしら武力行使的なことをしていただろうと推察している。そうなると、ニールや、たまに現れている刹那も、どちらかの関係者ということになるのだが、ナタルには覚えが無い面子ではあるのだ。軽く飲みつつ食事をして、ニールの合いの手を聞いている限り、そちらの関係者には見えない。どこで拾われたのか、ナタルは不思議に思っていた。
「なあ、ニール。MSの経験は? 」
「は? 」
「私は、キラの過去の戦歴を知っている人間だし、ここのスタッフの顔も半分は見知った顔だ。だが、きみの顔は知らない。」
「はあ。」
「どこかでスカウトされたのなら、前職はMS乗りかと思ったんだが、違うのか? 」
「・・・えーっと・・・俺、そちらの関係ではないんですが・・」
「じゃあ、八戒たちのほうか? 」
「そういうことになりますね。あんまり人様に公言できる仕事ではなかったので。」
前職テロリスト、さらに、その前はスナイパーとくれば、どれも公言できる商売ではない。ナタルは連邦の正規軍の人間だ。バレたら、キラたちにも迷惑がかかる。
「ナタルおねーさま、ニールは裏社会の出身だから、そこいらは秘密なんですよ。キラが、そこから更生させて、うちに就職したんです。俺たちと一緒なので、そこいらのツッコミはしないでくださーい。」
悟浄が現れて、ナタルの背後から声をかける。さらに、八戒もやってきていた。どこからか聞いていたらしく、悟浄が素早くフォローに入った。
「ああ、それで知らない顔なんだな。それは失礼した。」
悟浄の言葉に、ナタルも素直に頷く。表向きは、三蔵たち肉弾戦組というのは、元裏社会の人間なんてことになっている。実際のことは、一部のものしか知らないし、坊主やカッパの見た目が、モロにそれだから、その前職で疑われたこともない。ある意味、聖職者として、その評価はどうかと思われるが、外見が、そうなんだからしょうがない。
「こんな優男だけど、裏では有名人なんですよ、ナタル様。まあ、引退したから悪いことはしてないけど。」
さらに、八戒のフォローが入る。テロリストと言われるよりはマシだが、真実ではあるから、ニールは微笑んで頷いておく。
「そうなんです、ナタル様。キラにスカウトされて、こちらに就職しました。あははははは。」
「そうか、それは良いことだ。しかし、あまり店には出ていないが、何かまだあるのか? ニール。」
「ナタル様、ニールは前の職場で大怪我をしまして、その後遺症があって体調が良い時だけ働いているんです。雨が降ると途端に具合が悪くなるんですよ。ですから、店のほうは、あまり出ていないのが実情でございます。それに子供も育ててましてね、実の子じゃなくて戦災孤児なんですが、よく懐いていて可愛いんですよ? 子育てしながらなので、体調がなかなか治まらなくて、僕らも心配してるんです。」
八戒が、いかにも残念そうな演技でナタルに訴える。すると、ナタルはニールのほうを見て、「今日は大丈夫なのか?」と、心配する。
「はい、今日は大丈夫です。」
「無理はしなくていいぞ、ニール。私は話し相手をしてくれればいいだけだ。そうか、苦労しているんだな? 悟浄、滋養のスープを追加してくれないか? あれはよく効くんだ。」
いや、そんなことないんだけど、と、ニールは乾いた笑いを浮かべる。演出過剰な八戒に、遣りすぎでしょう? と、視線を投げるが、相手はスルーだ。悟浄は注文を受けて、スタスタとバックヤードへ下がっていく。
「これからは、ニールを見かけたら指名する。そこに座っていればいい。それなら疲れなくていい。」
「いや、ナタル様? 」
「体調が良くないのに子育てまでしているなど、大変に違いない。そんな理由ならいいんだ。疑って悪かった。もしや、ソレスタルビーイングの関係者かと疑っていたんだ。すまない。」
いえ、きっちりすっぱりソレスタルビーイングの関係者っていうか、諸悪の根源のマイスターなのだが、八戒の説明にも嘘は無い。確かに大怪我して『吉祥富貴』へソレスタルビーイングから移籍しているし、その前はスナイパーだし、子猫を何匹も育てているから、嘘はない。ないが、どこかでひっかかる。
「子供は何人だ? 」
「・・・四人です。」
「そんなに? まだ小さいのか? 」
「いえ、一番小さいのが十八です。ただ家事能力は、あまりないので、ついつい手が出ちまって。でも、この間、その一番小さいのが、クッキーを焼きました。とても美味しかったんですよ? 」
嘘ではないので、すらすらとニールも子猫たちのことを話せる。うんうん、と、ナタルは嬉しそうに頷いている。そういうほのぼのとした話は癒されるらしい。
「ナタルさん、ママを独占しちゃダメだよ? 」
ようやく、他の接客が終わったキラがやってきた。ソファの背後からニールに抱きつく。
「こら、キラ。」
「ママは、僕のママでもあるんだから。独占しちゃダメ。」
「そんなことしたらニールが苦しいだろう。それに、おまえの実母は存命されているだろうが。」
「うん、オーヴにいるけど、特区でのママはニールなんだ。ほんと優しくて料理美味しくて大好きっっ。」
ちゅっとニールの頬にキスをかまして、キラも大笑いする。ナタルは疑っているかもしれないと思っていたが、事実そうだった。それなら、疑いは晴らしておくほうがいい。
作品名:こらぼでほすと 拉致10 作家名:篠義