笑顔について。
「感情がない……?」
クイーンが立ち上がり、首をひねる。
「きみは喜怒哀楽のわりとはっきりしたほうだと思うけどね。顔はいつも仏頂面だけど」
眉をひそめてそう言って、クイーンは思い出したように続ける。
「今回は書類を盗むために変装して屋敷に潜入したんだ。感情がないと思われたってことは、うまくだませたってことだろう? よかったじゃないか」
「いえ、そういうことじゃないんです……」
そう言いながらも、どういうことなのか、ジョーカー自身もうまく説明できないでいる。
クイーンはあごに手をあて、『うーん』とうなる。そして、考えながら言った。
「きみは感情ゆたかだけどね……。わたしと遊んでいるときなんか、ほら、実に楽しげじゃないか」
ジョーカーの目が死んだ魚のようになる。
「……そのときにはぼくは怒りや哀しみしか感じていませんが……」
クイーンが肩をすくめる。
天井のスピーカーから声がする。
<クイーンがいないときのジョーカーは、心から嬉しそうで楽しそうですよ>
クイーンが黙りこむ。
ジョーカーはほっと息を吐く。
「そうだね、RD。ぼくには喜怒哀楽の感情があるよ、確かに。どうもありがとう」
上を向いてRDに向かって礼を言う。
クイーンがいじけて、もじもじとする。
「ジョーカーくん……わたしのこと好きだよね?」
「今までの会話でどうしたらそう思えるんです?」
冷たい目と言葉にクイーンは肩を落とす。それでも、あきらめきれない様子で言う。
「ジョーカーくん。嘘でもいいから、わたしのことを好きだって言ってくれ!」
「嘘でいいんですか?」
ジョーカーはさらりと言う。
「じゃあ、嘘ですが、ぼくはあなたが嫌いではありません」
「……今のは好きって意味だよね……?」
「どうしたらそう思えるんです?」
クイーンがさらに肩を落とし、小さくなる。だが、すぐに復活した。『負けるもんか!』と。
「まあ、でも、ジョーカーくんが喜怒哀楽を感じることができるのはわたしの存在が大きいってことだね!!」
えっへんと胸を張るクイーンに、ジョーカーは額をおさえる。ぼくに迷惑しかかけてないくせに……と。
クイーンは床に散らばった紙くずをまとめてテーブルの上に置くと、『RD』と呼びかけた。すぐに絶妙の角度で風が吹いてきて、ダストシュートに紙くずを飛ばす。ざぁ……と花びらのように紙吹雪が一筋流れていく。
「焼却処分、よろしく頼むよ」
<かしこまりました>
クイーンの言葉に、RDが答える。
さて、とすっきりした様子でジョーカーを振り向いたクイーンは、腰に手を当て、小さく微笑んで言った。
「なんにしろ、心からの笑顔じゃないと、意味がないんだろ。きみは自然な笑顔を浮かべられるようになりたいんじゃないか。あの屋敷の主人にきみの笑顔はもったいないんじゃないのかい?」
きょとんとしていたジョーカーは、苦笑いを浮かべた。
「ええ……そうですね、きっと……」
クイーンがにっこりとする。
ジョーカーの顔から、苦さがほんの少し抜ける。
「きっと……」