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エゴイスト達のシグナル 1

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震えてる自分に気がついた彼女は、ナイフを折り畳み、今度は栓抜きをぱちりとひらいた。
そして寝床からのそのそと抜け出すと、飲み物置き場から赤ワインを取り出してコルクを抜き、そのまま床にろうそく三本と、壁の装飾か何かに使われていたであろうアールデコ模様の金属の破片とを、上手に組み立てて使い、コンロを作ってしまった。
ガラスと銅でデコレートされた耐熱カップを火で炙り、赤ワインを投入後、リンゴの果肉を入れ、小さなバックからシナモンスティック、それから蜂蜜の小瓶を取り出して数匙放り込む。

「……あ、グレッグ……」
「うん、体が温まるわよ。時間が掛かりすぎるのが難点だけど、楽しみに待ってて」

気持ちは嬉しかったが、段々と己自身が情けなくなってきた。
だってこっちは年上なのに、今まで全部彼女に与えて貰うだけで、何の役にも立っていない。

「君がお飲みよ。蜂蜜とかそれ、私物だろ? 今後どうなるか判らないのに、貴重な食料を俺に分ける事はない」
「……トゥーリ?……、貴方頭大丈夫? 熱上がっちゃった?」
「だって俺、迷惑かけてばっかりで」
「困った時はお互い様っていうでしょ。それに私だって、今日貴方に会えて本当に嬉しかった」
「え?」
「私、貴方が助けを求める声を聞いて、神に感謝したわ。救援を、一人で孤独に待つのは辛いでしょ。でも、貴方となら二人。助かるまで頑張ろうって、声を掛け合える。それって幸せじゃない? 
トゥーリ、生きていてくれてありがとう。
一緒に、どんな事があっても、二人で最後まで頑張りましょう、ね♪」
「………っ!!……」

ろうそくの柔らかな光に照らし出された彼女が、本当に天使に見えた。
多分、恋に落ちたのはこの時だったのだろう。
だってこんな状態になっても、泣き喚きもせず、グチ一つ零さず、淡々と生き抜く為に邁進する彼女が眩しくて。
逆にこっちの方が涙を零す羽目になり、益々恥ずかしくなって。

膝を立てて顔を伏せてしまった自分に、彼女はつんつんと肩を指で叩いてきた。
そっと見上げると、「はい♪」と、にこやかに出来上がったグレッグを手渡してくれて。
熱々とまではいかなかったけれど、甘いホットワインは体を芯から温めてくれ、その夜彼女と寄り添って眠ったけど、不安と孤独に苛まれる事なくぐっすりと眠る事ができた。

けれど、待てども待てども中々助けは来なくて。
雪国だから、廊下にあった死体の腐敗や異臭に苛まれる事はなかったが、部屋の外に一歩出れば、自分たちが遠からぬ未来になるかもしれない骸があちらこちらに見えるのだ。

果物が底を尽き、段々と乏しくなる飲み物瓶の本数を数えると、絶望しか未来を描けなくて。
次第に泣き言を繰り返すようになり、卑怯にもか弱い彼女に当り散らした事があっても、アンジェの芯は一切折れる事無くて。

「絶対に二人で助かるのよ、トゥーリ。貴方も私も、まだやる事がきっとある筈。そうでなかったら、今、私達だけが生かされている理由なんてない」
そう優しく諭し、側に寄り添い、心の崩壊を食い止めてくれたのだ。


★☆★☆★


「俺達が救出されたのは、結局15日後。食料もなく水すら尽きる寸前で、俺が死の恐怖で正気を失わずに生還できたのは、彼女が支えてくれたお陰だった」

ベルナドッテの家名とか、国賓で招かれたとか、その他諸々皆に隠す事が多々あったけれど、それらを差し引いても、日本では全く馴染みの無い爆弾テロのインパクトは壮絶だったらしい。
疾斗が期待していた艶話とかけ離れた初恋話に、当たり前だが皆は引いている。

「あ、……雰囲気をぶち壊してゴメン……。俺、空気読めてなかったな……」
「いえ、そんな事より、その……彼女さんとはそれからどうなったんですか?」

尋ねてきたカズに、苦笑を浮かべるしかない。

「俺はもうアンジェに夢中で、生涯を共にするのは彼女しか考えられなくなった。他の男に取られるのが我慢ならなくて、不安に駆られる余り、未来の確約が欲しくて何度も婚約を申し込んだんだ。
けれどね、俺はまだ寄宿学校の寮生で学校を卒業するまで自由が利かず、彼女もたったの12の子供だからと、全部親御さんの判断で断られて……」



若かったから余裕が無かった。
誰にも彼女を渡したくなくて、彼女の父親と兄に邪魔されれば邪魔される程、愛しさがどんどん募っていった。

寄宿学校でも最上級生の特権を生かし、寮を頻繁に抜け出して彼女に会いに行った。
彼女は父親の七光りもあり、ヨーロッパのあちこちで演奏に招かれたから、楽に情報が手に入ったし、文字通りに車を駆って追い掛け回した。
何処の会場でも花束を持って駆けつける自分を見て、彼女は呆れながらも、いつも笑って受け入れてくれた。

交際が始まり、デートを重ね、二人でひっそりと愛を育んで、ようやくキスまで許してくれる間柄になれた途端、彼女の兄に見つかった。
そしてその次の日、彼女の父親が怒り狂ってベルナドッテ本家に抗議に来たのだ。

財閥の御曹司と、世界的に有名だが一介の指揮者。
力関係を見れば、一目瞭然でベルナドッテ家の方が上だけど、彼にはファンやパトロンが多く、その気になれば政財界や王室まで動かす事ができる文化界の寵児だ。
敵に回す訳にはいかなかった。

自分がロリータ趣味だと指差されて笑われるのは勝手だけど、清らかな彼女が金銭目当ての浅ましい毒女呼ばわりされ、今後社交界で貶められるのは許せなかった。
両家の話し合いの結果、直ぐに交際は止められ、せめて彼女が成人するまで待つ事になったのだけど、理詰めで納得したって、愛しく想い、会いたい気持ちは止められる筈なくて。

結局、隠れて彼女に会いに行く日は続いた。
それに自分の居ない所で、彼女に悪い虫がつかないよう、勝手に探偵まで雇ってつける有様だった。
病的だと笑いたくば笑え。
本当に心配だった。

それに交際を止められてから、彼女が段々とやせ細っていった。
寝る時間を削り会いに行く度、気だるそうで寂しげに笑う彼女の身に、何かが起こっているのではないかと不安に思った。

そんな自分の懸念は、当たってしまった。
彼女がとうとう、舞台終了後に倒れて入院したのだ。
病名は、家族でないからと守秘義務を盾に取られ、最後まで教えて貰えなかった。
しかも容態は日々悪化し、数日経たないうちに彼女が危篤になったという知らせが来た。

とても自分で運転できる状態じゃなく、兄の車に乗せられ病院に駆けつけた時、もう彼女の鼓動は止まっていた。



「俺が二十歳になりたてで、彼女はまだたったの14歳。
元々、彼女は心臓に持病があって、だから俺と交際している時も、キスまでしか許せなかったんだと。ペディングやその先を望む俺に仕方なく距離を取るしかできず、申し訳なさに随分悩んでいたと、彼女の兄が泣きながら教えてくれた。
それに安静にしていてもね、20歳まで生きられないって医師から宣告を受けていたって後から知った。

俺は……、一生プラトニック・ラブでも全然構わなかったのに。
そんな些細な事を気に病んで、悩んで、俺の手を取りたくても取れず、ただ黙って引き裂かれるのを了承し、一緒にいられただろう時間を諦めざるを得なかった彼女が可哀想で。