恋わずらい
明陀宗の組織体制は世襲制で、血を守る伝統がある。
志摩家と宝生家は座主に次ぐ地位である僧正の血統だ。
柔造は志摩家の次男だが、十六年まえの青い夜に長男が亡くなったので跡継ぎである。
そして、蝮は宝生家の長女だ。
百五十年まえは十家あった僧正血統が、今では、六家に減っている。
これ以上、僧正血統の家を減らすわけにはいかない。
家の血を守らなければならない。
そんな想いが、蝮の胸に強くある。
「せやから、私は、ヘビ顔のドブスで、ええんや……!」
以前ケンカ中に頭に血がのぼった柔造が口走ったことを、あえて蝮は言った。
ヘビ顔のドブスだの、いけ好かないだのと、言われているほうがマシだ。
それとは真逆のことを言われるよりも、ずっといい。
聞きたくないから、言わないでほしい。
知りたくない。
いや。
本当は、知っていた。
意識しないようにしていたが、感じていた。
時には大騒動になるぐらいのケンカをしたり、憎まれ口を叩いたりすることもあるのに、柔造は蝮のことを気に掛けていた。
そんなとき、柔造はだれに対しても気を配り守ろうとするのだと、蝮は思おうとした。
けれども。
なにか事件が起こり、身に危機が迫ったとき、いつのまにか柔造が駆けつけてきていて、助けてくれた。
蝮だけしかいないときだけではなく他の者がいるときでも、そうだった。
すぐそばにいる柔造から感じた。
特別に想われている、と。
だが、そんなのは自分の勘違いだとすぐに蝮は否定した。
何度もそういうことがあり、そのたびに否定した。
違うのだと自分に言い聞かせ、考えないようにした。
お互い、僧正血統の家の血を守らなければならないのだから。
「……それでも」
柔造は退かなかった。
「俺は、おまえに触れたい」
その右手があげられる。
蝮の顔の高さまで。
「おまえに触れたいんや」
大きな手のひらが、そっと、蝮の頬に触れた。
その感触、自分とは異なる体温に、背筋がわずかに震えた。
振り払わなければならない。
そう思う。
でも、動けない。
声を出すことすらできない。
柔造の上半身が動いた。
まえへと、動いた。
ゆっくりと近づいてくる。
蝮よりも大きな身体。
間近にある、その眼差しは強くて、柔造の本気が伝わってくる。
心臓が鳴っている。うるさいぐらいに鳴っている。
苦しさを感じる。
いつもは無意識のうちにしている呼吸が、うまくできない。
どうすればいいのだろう。
いや、寄せられてくる身体を押しのけなければならないのは、わかっている。
けれども、やはり、動けない。
柔造の手が蝮の頬をなでた。
その触れられている頬が火照っているのを感じる。
自分の顔はきっと赤く染まっているだろう。
顔が、頭が、熱い。
なにも考えられなくなりそう。
眼を閉じてしまいそう。