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みっふー♪
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おじちゃんと子供たちのための不条理バイエル

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×月×日(2・つづき)

「……奇遇だねぇ、あっ、朝から同伴出勤かいっ?」
挙動不振の勢いのまま、ぱっつんとガン盛り頭の私を見ておじちゃんはアワアワ口走った。――そーいや私たまたま枕抱えてるしねアーヒャヒャヒャ、枕を叩いてげらげらウケる私をよそに、
「……は?」
ぱっつんが片眉を歪めてこめかみを引き攣らせた。私は急いでバカ笑いを引っ込めた。……ヤダヤダ、初老手前のおじちゃんと笑いのツボが同じだなんて、花も恥じらうろーてぃーん☆ヲトメとしては絶対にあってはならぬ失態である。
「――あっいやー、そのー、」
ぱっつんの眼鏡越しの眼力に余計にテンパったおじちゃんは、冷や汗を垂れながらその場に軟体タコ踊りを始めた。いや、“始めた”とかそういう自発的行動ではなく、単に真っすぐ立っていられなくなっただけだと表現した方が的確か、ともかくおじちゃんは誰の目にも明らかなほど動揺していた。
――……?
おじちゃんのタコ踊りに何事かと往来がざわついてきたので、仕方なし、私は昨夜家を出るときに無自覚に枕に仕込んでおいた伸び縮み式すこんぶボーを取り出して人込みの交通整理を始めた。
「――ハイ立ち止まらないでー、」
すこんぶボーの腕をブン回しながら、突っ立っているぱっつんの方にちらりと目をやる。
こういうとき、周囲がしっちゃかめっちゃかな混沌に陥るほど、逆に冷静ブーストがかかってツッコミ心が冴え渡るのがぱっつんの特性である。たまに一緒にブチ切れてビーストモード突入の場合もありはするがそれはご愛嬌ということで、
「!」
ぱっつんはぐにゃぐにゃ軟体踊りを続けるおじちゃんの手を取り、人垣を掻き分けてずんずん歩き始めた。
「ども、ご協力あざっしたー」
私はすこんぶボー片手にぺこりと頭を下げ、枕を抱えて二人のあとを追い掛けた。おじちゃんはぐんにゃり猫背を丸め、半ばぱっつんに引き摺られる格好で歩かされている。早足におじちゃんの手を引くぱっつんは真一文字に口を結んで一言も発さない。振り返っておじさんを気に掛ける様子もない。
(……。)
――もしかしてサイレントビーストモード発動かしらん、私は少々心配になった。と、ぱっつんが不意に足を止めた。つんのめったおじちゃんは放り出されて道にびしゃあとへばりついた。
「……マ夕゛オさんっ!」
ぱっつんが袴の腿のあたりに握った拳を戦慄かせた。
「ハイっ!」
ぱっつんの威圧に、ヘタっていたおじさんはきりきりしゃんと背筋を伸ばして地面の上に正座した。
「……、」
ぱっつんがふうと息をついた。おじちゃんは正座の膝に手を揃えて神妙にしている。対峙する眼鏡少年とグラサン髭おじさん、彼らの間にしばし無音の時間が流れた。
――……?
また往来に見物の人垣ができ始めた。やれやれこんなんばっかりやなーと思いつつ、私はすこんぶボーを振って再度交通整理を……、
「――オイ」
と、背後から聞き覚えのある覇気のない声がした。私は振り向いた。
「つーかなんだよオマエどしたその頭」
自分こそいつもより寝癖倍増しの天パボーボー頭で銀ちゃんが首筋を掻いた。
「中でやれよそーぞーしい、」
顎をしゃくって、いつの間にかすぐそこに見えていたじむしょの看板を指した銀ちゃんが、「……ってアイツに言っといて、」
――よく見るとウンその頭すげ似合ってるよオマエ、露骨なおべんちゃらを付け足して小声で私に言った。
「は?」
ガン盛り頭を傾けて私は訊き返した。
「……」
地べたに正座したおじちゃんと仁王立ちにそれを見下ろすぱっつんとを眺めて、銀ちゃんがぶるっとおっかなそうに肩をさすった。
「だって、チョクで行ってまたズバァ!斬り返されたら俺まじに今度こそしんぞー止まっちゃうもん、」
リッターカートンのいちご牛乳の覗いたコンビニ袋を手に、めそめそすんすんしながら顔を覆って銀ちゃんが言った。
「――……、」
私はため息をついた。
「ハイハーイ、ちょっとすみませーーーんっ、」
野次馬を掻き分けて、ほぼフリーズ状態を起こしているぱっつんとおじちゃんをひょいと小脇に抱えて持ってくる。それから、いまだすんすんしょぼくれている天パおじちゃんに、
「あれ、私の枕拾って持ってきて!」
指令を出すと先にじむしょの階段を上がった。階段があちこちガンガン派手に音を立てていた気がするが気にせず進む。大急ぎで枕を拾って階段を上がって来た銀ちゃんが、両手が塞がっている私の代わりに戸を開けた。もうちょっとで躊躇なくフツウにケリ飛ばそうとしていたところなので懸命な判断である。
じむしょの応接室に、運んできたぱっつんとおじちゃんをぽいぽい放り出す。どこで付けたものやら、おじちゃんとぱっつんは身体中あちこち傷だらけだった。ことにおじちゃんの状態が著しかった。かわいそうに、手を合わせる私の横で、
「とりあえず飲みモンでも出すかなっ」
銀ちゃんは妙に甲斐甲斐しく人数+一匹分のグラスを用意し、自分専用に買ってきたであろういちご牛乳をなみなみ注いだ。
「こーゆーときってさー、やっぱ甘いモンが効くよなっ」
「わうっ!」
凛々しい眉毛犬と酌をかわしつつ、朝っぱらからへらへら笑うばかりの哀しいオトナ、一方、ようやくフリーズの解けたぱっつんとおじちゃんは応接テーブルの向かいとこっちとでだんまり肩を落としている。
(……。)
――さて、まずはこっちから片付けるか、私はコップのいちご牛乳を飲み干すと、ぱっつんとおじちゃんの項垂れた合間のスペースにすこんぶボーを差し入れ、
「ファイッ!」
掛け声とともに跳ね上げた。
「マ夕゛オさんっ」「シンちゃんっ」
――あっドーゾ、――いやいやそちらからお先にドーゾっ、……ほんっとにもー、とことん世話の焼ける、互いに譲り合って埒の明かない二人に、
「さーいしょはグッ!」
裁定人の私はまたも横から掛け声を入れた。
「ジャンケンホイッ」
ぱっつんはチョキ、おじちゃんはだらりとパーであった。私はぱっつん側にすこんぶボーを掲げた。
「……」
何度も眼鏡に触って心を落ち着かせるように、ぱっつんが口を開いた。
「……あの、本当すいませんでした、なんかボク、こないだからのアレはすっごい意地になってたっていうか……」
「――いやいや、」
おじちゃんがグラサンの真横で手を振った、「いいんだよ、君くらいの年頃の少年から意地モードを取ったらあとはハード工口コースしか残らないじゃないか」
「……は?」
せっかく進展が見え始めていたのに、ぱっつんの表情がみるみる険しくなった。それにしても今日のおじちゃんの無駄な下世話押しはどういう路線だろうか、私にも皆目解せない。