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みっふー♪
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おじちゃんと子供たちのための不条理バイエル

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LESSON3



+++

それが純粋にあのしょーもないくたびれたグラサンおじさんへの執着なのか、或いはおっさんの行き場のないダダ漏れの父性にまみれて隣でへらへら幸せそーに笑ってやがる地味メガネがどーにもドタマ来ただけか、――どっちにしたってフザケた話さ、風を切って足早に道を行きながら少年は立襟の肩に垂らした赤毛を揺らした。
馴れ合いの家族ごっこじゃ腹は膨れない、擦り切れた半纏おやじとテーブル山盛りの食事、どっちを選ぶと問われたら迷うまでもない、
(……。)
――イヤ待てよそういう話じゃないのか? だったらいっそまとめておじさん盛り……やめろーーーーーっっっ!!! 腹壊す! じゃない腹痛ェだろ!! つかあのおっさんマジどっかで最近そゆのやってなかったか? 俺見たぞ! ……ってアレ? だよな? あったよな? コンビニ立ち読み? デジャヴ?
「……。」
往来の電信柱に縋ってヒーヒー言いながら、今にもブチ折らん勢いでコンクリートを殴りつけているおさげにーちゃんを、通りすがる人々は皆伏し目がちに避けて歩いて行く。
「――、」
ひとしきり笑い倒して顎に垂れた涙と涎を幅広の筒袖に拭うと、少年は菫色の瞳を上げてキッと前を向いた。
――何なんだあのオッサンは、俺をこんなにワクワクさせてどーするつもりだ、事と次第によっちゃタダじゃ済まさんぞ!
以前ならば適当に街をぶらついて、偶々鉢合わせたときだけおじさんをからかっていれば良かったがいまは違う、今すぐおっさんを見つけてオモチャにしてやらなきゃ気が収まらない、猫背の首根っこ洗って待ってなおっさん! つーわけでおさげ少年はグラサン髭おじさんを探しに、まずは実の妹が居候しているオンボロじむしょに顔を出した。
「ぼんじゅーる!」
「……んあ?」
ソファの上で振り向いたおだんご頭の妹は、相も変わらず食い意地汚く口元をすこんぶの粉まみれにしていた。
「やぁダーリン元気かい?」
――ビミョーにパラレルっぽいけど一応ボクらの籍はまだ入れてあるからね、おさげ兄は部屋の隅でお昼寝中のもふもふ白デカわんこの顎を撫でた。
「……」
わんこは迷惑そうに薄く片目を開けただけで、すぐに昼寝の続きを始めた。わんこの方じゃIDパスに×がついても早いとこ他人になりたいところだろうが、兄にその気がない限り当面叶わぬ話だろう、――やれやれ、すこんぶ風味の息を吐いて妹は同情した。
「ところでおじさん来てない?」
わんこの前から立ち上がっておさげ兄が訊ねた。
「……おじさん?」
社長机にブーツの脚を投げ出していた天パが眉を寄せた。おさげ兄が肩を竦めた。
「そこのサラサラストレートの半端なアラサーじゃない別のおじさんさ、」
「……。」
天パのこめかみがメキメキ嫌な音を立てた。コノヤロー、ちょっと前までおにーさまおにーさまウゼェくらい懐いてたパラレルっぽいけどクセにこの掌返し、これだからリアどものミーハーノリは信用ならねぇ、
「てかメガネくんは?」
うろうろ辺りを見回しながらおさげにーちゃんが重ねて問うた。
「ぱっつんはまだむの用事でおつかい中アル、」
「ナンだおまえらいつの間にトモダチなったんだ?」
答えた妹に続けて、皮肉口調に天パが言った。にっこり笑ってにーちゃんが返した。
「そっか、いないならいーんだ」
「……」
嫌味ごと自分が無視されたということに天パおじさんは屈辱を感じた。そりゃ確かに少々大人げないのは自覚していた、だから余計に、屈辱だと感じること自体なおこれ以上ない惨めな敗北だった。
「――そうだ、若い方のおじさん、」
部屋を出て行く間際、おさげ兄が足を止めて振り向いた。
「……あ?」
天パおじさんは精神的ダメージを気取られぬべく、精一杯虚勢を張ってガンタレた。口元に涼しげな笑みを浮かべておさげにーちゃんが言った。
「ごめんねなんか、この頃あんま構ってあげらんなくて」
「あぁ?」
天パおじさんのこめかみがまた引き攣りそうにビキビキ鳴った。おさげにーちゃんはすましたものだ。
「ホラ俺さー、思いのほかガチで枯れ専だったらしーんだよねー」
赤毛の毛先をくるくる指に絡めながらにーちゃんがきゃっきゃした。
「……そんな報告マジでいらないんですけど」
限界まで眉間を歪めて天パが言った。
「えー? だってガッカリしてたらかわいそーだと思ってさー」
「……」
社長椅子の上で天パの天パが湯気を吐かんばかりぐらりと揺れた。
「銀ちゃん、いちいちまともに腹立てたほーが負けアルヨ、」
すこんぶ片手に、菩薩の表情で妹が諭した。ブーツを降ろして、半ば椅子から浮き上がりかけていた姿勢をぐっと堪えて天パは戻した。と、――めりめりめりぐしゃ!
せっかくこのところ機嫌を直してくれていた気分屋の社長椅子が、ネジごとバラバラに吹っ飛んだ。
「じゃーねーー!」
惨劇をあとに陽気におさげを翻し、にーちゃんはじむしょの扉を出て行った。
「……ったく何しに来たんだアイツは、」
――とんだやくびょー神じゃねぇか!
床に這いつくばって弾け散った部品を集めながら天パが舌打ちした。
「……ウチの身内がまじサーセンした、」
澱んだ重い空気を纏わせて妹が呟いた。胸に着かんばかりに頭を垂れ、すこんぶを握る指先もだらりと締まりがない。
「イヤ別にお前のせーじゃねーけど……」
ばつが悪そうに怒りのトーンを落とした天パが口の中でぶつぶつ言った。妹が不意に菫色の目を輝かせて身を乗り出した。
「じゃあじゃあっ、いたいけなろーてぃーんのグラスハートを傷つけたおわびにピッツァ頼んでいいっ?」
「……。」
はしゃぐおだんご頭の旋毛にガツンと手刀をブチ込んで天パが言った。
「――却/下」
「ええーーーーっっっ!!!」
という連中のやり取りはさておき、じむしょをあとにしたおさげ兄はグラサンおじさんの立ち寄りそうな場所をいくつか当たってみた。
公園もファミレス裏手もじょうがいばけんうりばも自販機ステーションのあらゆる隙間も、けれどどこにもおじさんは見当たらず、なんとなく成り行きでおさげにーちゃんの手元の空き缶にたんまりシケモクといくばくかの小銭が集まっただけだった。