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みっふー♪
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おじちゃんと子供たちのための不条理バイエル

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LESSON4



+++

街を一望できる丘の上の原っぱに、昼日中からおじさんはひとりぽつんと体育座りしていた。
「――おじさん」
陽光を背にだらだら続く坂道を上がって来たおさげの少年が声を掛けた。
「……」
擦り切れた半纏の膝を抱えたグラサンおじさんが億劫そうに振り向いた。確かめずとも声で相手はわかっていた。
「――君か」
気の抜けた声で呟いたおじさんは、それ以上何も言おうとしなかった。――どうしてここがわかったんだい、とか、また少年もいちいち説明しなかった、――ベンチを焦がして煤けた公園の一角からこの場所が見えたんだよ、的な、少年はおじさんの隣に並んで腰を降ろした。
「すっかり秋だね」
丘に舞い散る紅葉を目の端に少年が言った。
「……そーだな」
相変わらず気のない態度におじさんが返した。構わず少年は続けた。
「秋ってやたらとハラが減るよね」
「君は年中モリモリ食ってるじゃないか」
溜め息まじり、おじさんが言った。そういやそっかと少年は赤毛を揺らして軽い笑い声を立てた。
「……てかおじさんもジョーダン言うんだね、」
目尻を拭って少年が言った。
「――ジョーダンね」
やつれた無精髭面におじさんが諦観まみれの薄笑みを浮かべた。「俺の人生そのものがジョーダンの連続ダンクみたいなものさ」
こんなことならフォーク部活動なんかのめり込まず、いっそ学生時代をバスケに捧げてりゃよかったよ、掠れ声に呻いたおじさんは抱えた膝に顔を埋めた。
「……おじさん」
遠くに街を見下ろして少年は言った。おじさんは答えない。少年はおじさんの伏せた後頭部に目をやり、言葉を続けた。
「俺と一緒に来ないか」
「……ぇ?」
おじさんが顔を上げた。少年は口元にニッと無邪気な笑みを浮かべた。
「俺ね、いずれ世界を獲ろうと思ってるんだ、そんでブン盗ったあとの世界は全部おじさんにあげるよ」
――あとはおじさんの好きにすりゃいいさ、口笛でも吹く調子で少年は言った。
「……。」
おじさんは自分の目を覚まさせるように、呆けていた頭を振った。
「どうも君のじょーだん聞いてると頭がグラグラするよ」
「じゃくそ……ジョーダンなんかじゃないよ」にっこり笑って少年が言った、「俺は本気さ」
「勘弁してくれ」
おじさんは再び頭を抱えた。体育座りを解いて少年は立ち上がり、草の着いた膝を払った。
「――おじさん」
少年が言った。両耳の付け根に手をやったまま、おじさんは黙っている。冗談の続きにしては少年の声はやけにはっきり迷いがなかった。
「いま初めておじさんに話すけど、実は俺、書類上だけ籍を入れた正式なダーリンがいるんだ」
「……は?」
――また何を言い出すんだろうこの子は、おじさんは呆然と少年を見上げた。
「紙切れ一枚の関係で実態はないわけだけど……俺、どうしたらいいと思う?」
戸惑うおじさんを真っすぐ見据えて少年が訊ねた。
「どうしたらって……」
おじさんは髭面に困惑の表情を浮かべた。「俺だって似たようなもんで、ズルズル後回しにしてるだけだからなぁ……」
「――えっ」
少年の通常糸目が思わず半分ばかし開いた。身を乗り出して少年は質した。
「何それおじさん、もしかしておじさん奥さんいんの?」
「ああそうだよ」
何を今さら、そういや聞かれもしないからこっちも言ってなかったんだっけ、首を捻りつつもさらりと返しておじさんは言った。「いつかちゃんとしなきゃって、ずっと思ってはいるんだがなぁ……」
「おじさん!」
少年は声を上げるとおじさんの手を取った。
「?」
おじさんは髭面を傾けた。すっかり開眼した菫色の瞳を輝かせて少年は言った。
「すごいやますますドロ沼だね!」
「……は?」
おじさんは眉を寄せた。興奮気味の少年は掴んだおじさんの手をブンブン容赦なく振った。
「なんか俺すっごい盛り上がって来たよ!」
「はぁ……」
――よくわかんないけど毎度疲れる子だなー、軽く脳震盪の眩暈を起こしかけながらおじさんは思った。


+++

「ぼんじゅーる!」
その日夕方近く、じむしょを訪れたおさげ兄貴が陽気に手を上げた。
「……最近にーちゃんよく来るね、」
例によってべったりダベったソファの上で無心に駄菓子を齧りながら妹が出迎えた。
「……」
――まったくだこのヒマ人め、社長席の天パおじさんがまるで生気の窺えない半眼でガンタレた。
「……、」
おさげにーちゃんはさっと周囲を見回した、――見たところメガネくんは今日もお遣いだろーか、てかココでまともに働いてんのは基本彼だけなのかもしれない、別にどーでもイイけど。
「ちょっとダーリン借りてくね」
こちらも絶賛お昼寝中のもふもふ巨大わんこの頭を撫でながらにーちゃんが言った。わんこが面倒くさそうに片目を開けた。
「てかいちいち了解取ることでもないよね、ボクら他人じゃないんだから」
へらへら締まりのない笑みを浮かべてにーちゃんが言った。
「……」
わんこはいよいよめーわくそうに鼻を顰めた。
「オマエ鍋の具にするつもりじゃねーだろな、」
目付きの悪い天パおじさんが偉そうな腕組み姿勢ですごんだ。
「食べられそーになったらエンリョなく食い返すアルよ、」
妹が真顔でわんこを諭した。
「やだなぁ、そんなんじゃないよ」
カラカラ笑ってにーちゃんが言った。「ふたりでちょっとした真剣な話さ」
「……。」
――何がマジバナだしょーもなー、天パおじさんは泣く泣く実費で修理に出した社長椅子の代わりのしょぼいパイプ椅子にふんぞり返った。
「――そーアルな、」
ソファの上ですこんぶ片手に、何やら神妙な面持ちに少女が言った。
「このまま兄貴と仮面夫婦続けるより、そのほーがサダちゃんも人生拓けるアルしな」
「えぇっ?」
――何なのキミたちその遊びどこまでガチなの、引き攣った天パに冷や汗を垂らすおじさんの疑問には一切答えず、
「それじゃっ!」
渋々の体のわんこを連れたおさげ兄は足取りも軽くじむしょを出て行った。