T&J
早足で、ドラコは中庭の奥へと進んでいった。
少し蒸し暑い中、急ぐと汗が浮かんできたが、そんなことはどうでもよかった。
この胸の中にある、疑問符だらけの悩みをどうにかしたかったからだ。
奥へ奥へと進んでいく。
深く進むと木蔭から心地よい風が吹いて、少しは暑さも和らいで感じる。
結構な距離を歩いて、中庭の最奥の噴水の場所にたどりついた。
こんな辺ぴな場所には誰もいなくて、ドラコはホッとため息をついて、自分が座ったベンチのまわりを探し始める。
やはり何も落ちていない。
ベンチの裏やその四方まで丁寧に探したが、何も発見できなかった。
ドラコは途方に暮れた顔でベンチに座り込むと、ポケットから封筒と便箋を取り出した。
やはり、手紙には魔法がかかっていなくて、文字が逆さに反転していたり、威嚇するような蛇に変化することもない。
ただの普通の手紙だった。
その『ただの手紙』が、ひどくドラコを狼狽させていた。
ものすごくうっとおしくて、(このまま、破り捨ててやろうか)と捨て鉢に思う。
目の前から無くなってしまえば、また何もなかったように、すべてが元に戻ってくれそうな気持ちになったからだ。
ドラコが手紙を引き破り始めると、茂みから思いもかけない人物が転がり出てきた。
「やっ、やめてくれ!い君はひどいよっ!僕の手紙を破り捨てようとするなんて!」
「――ポッ、ポッター!」
真っ赤な顔で抗議をするハリーを、驚いた表情でドラコは見つめる。
「君は、ずっとここにいたのか?」
「いや、今ここに来たところだけど。そしたら、君がベンチに座って僕の手紙を読み返してくれているのが見えて、嬉しくてそのー……」
ハリーは真っ赤になったが、次の瞬間、ほとんど泣きそうになった。
「破り捨てるなんて、ひどすぎるじゃないか!僕がどんな必死な勇気をかき集めて、君に渡したと思っているの?……それを――……-」
ドラコの手の中で千切られてしまった手紙の残骸に、ハリーは顔を歪めた。
「……名前がなかったから、僕宛じゃないと思って……」
「直接、君に手渡しをしたんだよ。君以外に誰もいないじゃないか!」
「だって、なんで君が僕のことを好きだと言うのか分からない……。原因も、その意味も分からない」
きっぱりと宣言されてしまう。
『分らない』とまでドラコに言われて、かなりハリーはショックを受けているようだ。
ドラコはただ、ガラスのような瞳でハリーを見つめていた。
そこには照れも怒りも、なんの感情も浮かんではいない。
ただ今の状況に少し驚いているだけだ。
(ドラコは何も変わってはいない)
その事実がひどくハリーを落ち込ませた。
──確かに、ふたりの間には何もなかった。
(なっ、だから忠告したじゃないか、こんなバカなことは止めろって)
ハリーの耳元で冷静な自分の声がする。
午後の明るい日差しの中、プラチナの髪は光を弾き、整った顔はきつくて、冷たく見えた。
形のいい指先、長い足。
すんなりとした首筋に、きっちりと上まで留められているシャツには、スリザリンカラーのネクタイがよく似合っていた。
身長は特にハリーとは変わらないはずなのに、骨格のちがいからか、かなりドラコはほっそり見える。
ドラコの威嚇するような瞳がゆるんで、自分に笑いかけてくれたら、それだけでよかった。
それだけでよかったのに……。
ハリーは涙がにじんできた。
(好きだったけど、やはり自分ではダメなんだ)
それでも諦めきれないハリーが、またドラコに質問をぶつけてしまう。
「いつだって、君は僕だけにからんできたじゃないか」
「お前が一番目障りで、嫌いだからだ」
「この学園の中で?みんなの中で?」
「そうだ」
容赦ない声。
ハリーの肩が落ちる。
「じゃあ、その一番大嫌いって感情が、反転されることなんかは――?」
「絶対ない。安心しろ」
「ちょっとくらい希望があったりして……」
「ない」
きっぱりとした否定。
「少しくらいは……」
「一生同じ気持ちだ」
「そんなことは……」
「ないっ!」
何度問うても、ドラコの否定は続いていく。
こんな立て続けに質問を続けても、すべてを否定されると、自分で自分が入る墓穴を深く掘っていくようだと、ハリーは思った。
(一生懸命、自分のスコップで掘っている、この墓穴の大穴はかなり深いぞ。ここに落ちたら骨折しそうだ。もしかして、一生ここから抜け出せないかもしれない……)
「――いつも、君は僕のことばかりを気にしていたから、『もしかして』とか思ったりして、ああ……、本当にバカだ」
ハリーはうつむいて自分の下の草を見つめていた。
「いったい、何を夢見ていたんだろう。本当にバカだなー……。自分だけが盛り上がっちゃって。君の特別扱いは、自分だけだったからね。いっぱい夢見ちゃった。一番キライで、一番目障りか……。分かっていたけど、今さらそんな分かりきったこと言われても、何も傷つかないし……」
最後のセリフは、ハリーの精いっぱいの負け惜しみだった。
ハリーは眼鏡を外すとまぶたをごしごしとこすった。
(『嫌いだ』なんて言われることは、今までに何度でもあったじゃないか。あのダーズリー家で、嫌というほど――。別に落ち込むことではない。いつものことだ。……また嫌われた。ただ、それだけだ)
震える指先をぎゅっと握った。
(告白なんかしなけりゃよかった。夢なんかみなけりゃよかった。魔法界に来て、英雄とか、選ばれた人とか言われても、何がえらいのか分からない。この目の前にいる相手の心ひとつも動かせやしないじゃないか……)
「ポッター……。もしかして、君は泣いているのか?」
その声に顔を上げると、ぼんやりとした視線の先にドラコがいた。
立ち上がると、ハリーの側まで歩いてくる。
じっと相手の顔を見詰め続けた。
よく見ようと、顔まで近づけてくる。
ハリーは驚いた顔のまま硬直し、次に真っ赤になった。
「……ええっと、どうかしたの、ドラコ?」
焦りつつもハリーの表情はどこか嬉しそうだ。
相手の顔をしげしげと見つめて、ドラコの口元に笑みを浮かぶ。
ドラコが微笑むと、本当に花が咲くような表情になり、ハリーは自分の心臓が飛び出すのではないかと思うくらい、胸が高鳴った。
「君は眼鏡外すと、本当におもしろい顔になるなー」
そう言ってハリーの顔を見ながら、ドラコは噴き出し、派手に笑い転げた。
ハリーは心の底から、本当にドラコに笑いかけて欲しかっただけだ。
実際に間近で見たドラコの笑みは思ったより柔らかくて、目元など少し下に下がって本当に予想以上に素敵だったけれども、その原因が自分の素顔を見て爆笑しただなんて、いったい誰が喜ぶというのだろうか?
自分は完全にバカにされているらしい。
ハリーは胸がえぐられるくらい痛くなってしまった。
(こんな笑顔を見たかったんじゃないんだ。決して、僕は!)
ハリーは悲しいのを通り越して、沸々とした怒りが腹から湧き上がってきた。
「バカにしてからかうなんて、いくらなんでも、これはひどいぞ、ドラコ!君なんか、大嫌いだっ!!!」
そう言い捨てると、ハリーは眼鏡をかけ直すことすら忘れて、グリフィンドールの寮へと走って戻っていく。