らぶこめ
柔造は蝮とふたりで玄関から外に出た。
門までのあいだに庭がある。
「柔造!」
声をかけられた。
父親の八百造だ。
作務衣姿で、家庭菜園の手入れをしているところだったらしい。
八百造は手招きしている。
だから、柔造は蝮を置いて八百造のほうへ行った。
「なんや、お父」
「これから蝮ちゃんと出かけるそうやな」
八百造の顔に笑みはない。いつものことである。
「そうやけど?」
「……おまえも、もう、ええ歳やけど、いきなり襲たりしたらアカンで」
ハァ!!??
大声で聞き返したくなった。
しかし、柔造は短気を起こしかけたのを、どうにか、抑える。
相手は尊敬する父親であり、上司でもある。
それに、少し離れているとはいえ、蝮がいる。
「……どうやら、俺は信用がないようですね、お父様」
ハッハッハッと乾いた声で笑う。
いきなり襲たりするわけないやろォォォ、と心の中で怒鳴りながら、である。
だが、八百造は柔造の怒りに気づいていないようだ。
「おまえは、あの廉造の兄やからな」
「それを言うなら、あなたは、あの廉造の父ですよ」
父と兄のどちらからも失礼なことを言われている廉造は、金造の監視のもと、写経中である。
門から出て、道を歩く。
「志摩」
「ん?」
「いつ来ても、にぎやかやな」
蝮は志摩家のことを言っているらしい。
皮肉を言っている様子はないので、素直な感想であるようだ。
柔造は笑う。
「ああ、せやな」
そして。
「うちで暮らしたら、楽しいで?」
そう言ってみた。
けれども。
「ああ、そうやろな」
蝮は表情を変えずに、あっさり言った。
やはり、柔造の言葉に込められた意味に気づかなかったようだ。
プロポーズ失敗。
まあ、まだ、それは早いしなぁ。
そう柔造は自分に言う。
……だが、早いというよりも、はるか遠い気がしてきた。
柔兄、がんばってや。
不吉なものが胸にわきあがってくる中、金造の台詞が柔造の耳によみがえっていた。