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おやすみなさい、また明日

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「あーあ、帰りたくねーなあ」
身支度を全て済ませておきながら、もう時間かという頃になって赤也は諦め悪く床に転がり大の字になった。見送るつもりで立ち上がった柳にとっては、赤也のそうした駄々も可愛く思えたが、それを隠して呆れたように細い息をふうと吐き出す。
「学校の時間だろう、赤也。部長が遅れてどうする」
「……アンタだけずりー。せめて一緒に行きましょうよ、ねっ」
「俺は昼前で充分間に合う。起きて送り出してやるだけでも感謝して欲しいな」
高校までと大学とでは生活時間が随分変わる。大学に進学した後はサークルにも所属せず、部活動から解放された柳は日によっては家を出るのが随分遅い。それに対して高校でも当然テニス部に入り、柳たち先輩一同の引退をもって部長になった赤也は相変わらずの忙しなさだ。三年へと進級し、進路の話なども頻繁に話題に上り出す頃であるから、部活との両立も大変だろう。一年前の自身を思い出せば赤也を甘やかしてやりたくもなるがしかし、情に流されまいと柳は自身を戒める。
只でさえ柳の一人暮らしを契機に赤也はやたらと家にやってくるようになった。昨日も部活休みであるからと夕方から泊りがけで来ているのだ。これで学校生活に悪影響が出るようになれば自分のせいだと思うからこそ、柳は赤也に厳しく接する。
合鍵を強請られるまま渡してしまった、という心の負い目もあった。赤也の事を思えば、時期を考えるならば、後一年、せめて赤也が高校を卒業するまでは年上である自分が手綱を取って堕落せぬよう導いてやらねばならないというのに、求められる喜びに勝てずあっさり合鍵は渡してしまうし、家には上げてしまうし、夜が更ければ泊めてしまうし、良くない傾向だ。
赤也が自分を求めてくれる事は嬉しい。赤也の安らげる場所が柳だというのならこんな幸せはそうない。けれどその喜びばかりに浸って、大切な時期である筈の赤也に甘えを生んではならないのだ。己の幸福の為に赤也の未来を狂わせてはいけない。せめて後一年経つまではこれまで以上に厳しくしないといけない、と柳は強く心に刻んだ。
「ほら、朝練に遅れるぞ」
ちらと枕元のアナログ時計を確認し、改めて寝そべった赤也を見下ろす。不貞腐れたように頬を歪めていた赤也も携帯を取り出して時間表示を見ると観念して盛大な溜め息を吐きながら起き上がった。荷物を担ぎ上げてとぼとぼと肩を落として玄関へ向かう背中を見ると優しい言葉の一つでも掛けてやろうかと思うのだが。
「ね、ね、柳さん。行ってらっしゃいのチューしてくんないんすか?」
靴を履いた赤也がそんなふざけた事を言って振り向くものだから、咄嗟に頭に向かって勢い良く掌を落としてしまった。軽くとはいえ叩かれて、赤也はちぇっ、と舌打ちながら片手で自分の頭を撫でる。
「なーんか、柳さん冷たい。俺がアンタと居る意味あんのか、わかりにくいっすよ」
作品名:おやすみなさい、また明日 作家名:385