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おやすみなさい、また明日

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目を覚ました時、頬が濡れている事にまず気付いた。夢に泣いていたのか。指先で目尻を拭いながら柳は苦笑いを零す。隣に目をやれば昔よりちょっと短く切られた癖毛が無造作に枕の上で飛び散っている。
赤也と共に眠るようになったのは、二日目だったか、三日目だったか、それからだ。最初の晩は何となくそれぞれ自分の部屋で眠ったのだが、いつの間にか自然と夜はどちらかの部屋で過ごすようになり、そのまま寝てしまう事が続き、今では当たり前のように同じベッドで眠る。以前は、夢でみたような頃は一緒に眠る事なんて当然の事で、目が覚めれば隣に居るのは赤也だった。勿論学校だバイトだ部活だと会えない日の方が多かったけれど、それでも寝る前にはメールを交わしたり、休み前には長電話もしたし、週に一度は赤也が部屋に泊まりに来ていた。赤也の存在を感じながら眠り、起きればまた彼の気配を感じていた。
今こうして隣に赤也が居る事が、胸を押し潰してしまいそうな苦しみすら感じる程に、嬉しいのは何故だろう。赤也、俺の可愛い子、俺の愛する人、俺がまだ短い生涯の中で初めて愛し愛され触れたい触れられたいと望んだ存在。大切な、存在だった。
眠る赤也の髪へ指を通す。くるくるとあちこちに跳ねる髪が指先に絡みつくのが好きだ。柳は赤也の頭を撫でるのが特に好きだった。この感覚も久しぶりだ、と気付く。何度か同じ仕草を繰り返すと、寝惚けているのか、赤也の唇が僅かに動いて何かを食べる素振りを見せた。それが可笑しくて小さく噴出す。こんな些細な事で笑って、楽しくなって、それを幸せというのだと、知っていた筈だ。知っていた筈なのにどこかで見失ったのだ。日常が存在が当たり前になりすぎて、きっとお互いに忘れていた。
安穏と眠りの中に居る赤也へと問いかける。
お前は今、幸せなのか? これが幸せなのか?
赤也は何かを知っている。少なくとも、柳に対し何かを隠している。その憶測は今や確信として柳の内に在った。思えば赤也は最初から全てを知っているようですらあったのだ。理解の範疇を超える現状にあって、そもそも結婚という単語を持ち出したのは赤也だ。一切を把握していない柳と違い、赤也は始めから理解し、そしてこの生活を受け入れている。柳の知りえない情報を赤也は持っているのだ、という確信だ。
ふと手を止め、電気を落とした薄暗い室内を見渡す。ここは赤也の部屋だ。俺が文庫本の折り目一つで、この部屋が現実の彼の部屋と相違無いと判断したように、俺には知り得ず赤也だけにわかる手掛かりがあるのかもしれない。次いで赤也を見る。赤也は昔から眠りが深い性質で、一度夢の世界へと向かえば些細な事では目を覚ます事はない。ならば、と柳は身を起こし、冷やりとしたフローリングへ片足を下ろし、そこで止まる。
(思い出せないという事は)
この世界は、おかしい。何かが狂っているし、とても現実のものとは考えられない。外に出られず、外界と繋がる事は無く、ただ二人だけで完結した箱庭に過ぎない。けれど。
(思い出したくないという事ではないのか)
赤也と過ごした数日はどうだったか。隣に並び、共に過ごし、他愛も無い話をして、一緒に眠る、この日々は確かに、幸せじゃなかったのか。
(思い出さなくても良いんじゃないのか)
思い出してしまったなら、全てが終わる。確たる証拠も無いが柳はそう予感していた。この世界は願望が創り上げた物だ。強い、強すぎる願いが生み出してしまった歪んだ空間。そうでなければこんな事が起きる筈がないのだ。俺達は、そうだ、俺達はもうとっくに。
意を決して柳は立ち上がった。ベッドを振り返るけれど赤也が起きる気配はない。確認して、次に室内を手当たり次第に探り出した。本棚の奥、机の引き出し、クローゼットの中、思いつく限りに引っ繰り返して捜索するが何も見付からない。途方に暮れて床に座り込んだ。爪先に何かが当たり手探りで引き寄せると、本棚を漁った時に床に放り出した文庫本だった。手持ち無沙汰でそれを手に取り読みもせずただパラパラとページを捲る。角の折れたその本は、この数日ですっかり見慣れたそれだった。最初に一つ手掛かりをくれた、謂わばヒントにも当たる文庫本に他にも何かないだろうかと期待をかけるが、目新しいものは何も無かった。いっそ本に挟んで何かが隠されていたりするなら判り易いのに、やはりそう簡単にはいかないか、と自嘲気味に笑って肩を落とす。と、そこでまた違和感を感じる。
(わかりにくい)
赤也は、確かにそう口にした。柳の事が判り辛いと、それは夢の言葉であったが、夢はけしてこの世界のような幻などではなく、赤也と柳が確かに重ねてきた過去の一部だ。あれは現実だった。柳はいつも自身を抑えて赤也に接していた。他者からの言葉は時として本人よりも的確に物事を表す。俺ならば、本に挟むなどという判り易い事はしない。そうだ、ヒントは俺の内にある。気付いてすぐに柳は跳ねるように立ち上がり、部屋を飛び出すと自室へと飛び込んだ。自分なら、そうだ。数日の間に何度も調べた室内にはどこに何があるか諳んじる事が出来る程に把握している。自身と向き合い、自分ならばという確信染みた推測でもって柳は机に寄り、卓上に置き去りにされた一冊の本を取る。それは柳の蔵書の中で最も新しい物で、読みかけである証拠に使い込まれた布地のブックカバーが掛けられたままだ。表紙をゆっくりと捲り、そっとブックカバーから本を抜き取る。
ずっと違和感を感じていた。何かを忘れている。何かが欠けている。それはとても大切な、失ってはならないものだったような、そんな気がしていた。
本を抜き取ったブックカバーには、表紙とカバーとで挟むようにして、数枚の紙切れが隠されていた。
作品名:おやすみなさい、また明日 作家名:385