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おやすみなさい、また明日

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「留学、する事になりそうです」
寒さも強まる冬の始まりの頃、木枯らしが強く吹いて窓ガラスをカタカタと鳴らした。道行く人々は首を竦めて小走りに通り過ぎるが、外とは別世界のように室内は暖かい。学校帰りの赤也がきっと寒い寒いと叫びながら転がり込んでくるのは目に見えて想像出来たので、彼が来る少し前に柳は電気ストーブのスイッチを入れていた。
しかし予想は裏切られ、夕方に柳の家を訪れた赤也は言葉少なに押し黙り、コートも脱がずに部屋の隅に腰を下ろしている。寒いのならばとストーブ前を勧めたが、赤也は無言で首を振った。頑なな様子に柳も無理に勧めるのを諦めて、代わりに暖かい飲み物を用意して彼の隣に置いてやった。傍に座る空気でもない。何となく、そう判断して柳は僅かに距離を取りベッドに腰を落ち着け自分の分のカップを脇のミニテーブルの上に置いた。と、そこでスイッチが入ったように赤也が漸く口を開き、発した言葉がそれである。
暫しの間、室内は無言が続き、木々を揺らす風の音だけが遠い世界から聞こえるように外で吹き荒れていた。永遠とも思える、しかし実際は数秒に過ぎない沈黙を破ったのは柳だ。
「……そうか」
その一言を搾り出すように発したが、弾かれたように顔を上げた赤也は泣き出しそうな、それとも怒り出しそうな、どちらともつかない複雑な感情を必死に堪えたような歪んだ表情をしていた。
「二年は帰って来ません、もしかしたら四年とか、そんくらいかも」
そうか、と繰り返すだけで精一杯だった。それ以外に何を言えというのだろうか。もう決めているんだろう、赤也。お前はテニスを選ぶ。強くなる、それだけを求めて駆けて来たんだろう。今、夢の足掛かりを掴んだというのに、どうしてそんな顔をする。
「…………プロになったら、もっと長い間、帰って来ねえ、かも」
そうか。
少しずつ項垂れていく赤也。視線を逸らす柳。部屋の端と端とに座る距離が、心までを離してしまうように言葉が出てこなかった。
体の距離は心の距離すら遠ざける。海外へ行き会えない日々が続いたなら、赤也の心もいつしか移ろっていくのかもしれない。それを責める事はとても出来そうになかった。全ては仕方がない事だ。変わらずにいて欲しいだとか、ずっと想い続けて欲しいだとか、言えない。柳が赤也を想い続ける事は誓えるけれど、相手にそれを求める事はとても出来そうにない。想い続けると誓う事すら縛る為の道具になるのかもしれないのならば、柳はただ赤也の決定を受け入れるしか出来なかった。
ぽつぽつと言葉を零す赤也に、そうか、とただ柳は頷き続け。会話とも呼べぬそれが終わると赤也は黙って立ち上がり玄関へ向かった。柳は見送らなかった。
「アンタは、俺が居ても居なくても、関係ないんすね」
小さく呟いた言葉だけを部屋に置き去りに、扉は閉まった。それきり赤也が柳の部屋を訪れる事はなかった。
作品名:おやすみなさい、また明日 作家名:385