Da Capo Ⅵ
ふと、何故か火原先輩の顔が浮かんだ。
(なぜだ…?)
分からない。
だが、次の瞬間に俺は余計な事を聴いていた。
「それは、誰に貰ったんだ?今日は君の誕生日か?」
「あ、これ?」
俺の予感は当たった。
「誕生日じゃないよ。
これは、火原先輩に貰ったの。
選んだのは土浦君みたいだけれど」
照れた表情で、俺に真実を告げる。
君の言葉が俺を揺さぶる。
(分からない…)
どうしてあの程度の言葉で揺らいだのか、崩れたのか。
理由が見えない。
揺さぶられながら、不安定なまま俺は君と一緒に音を奏でていた。
そして、あの言葉に繋がった。
言葉を吐く以前に、背中にあった出入り口用の扉が開いた事に気が付かなかった。
あんな大きな音なのに。
それほどに、俺の中は荒れていた。
「あ、志水君」
君の声が、俺の耳に届いて、その影を瞳に映した。
こんばんは、とゆったりした声と足取り。
彼の音楽も又、俺にはない。
軽やかな春風のようなチェロ。
「…先輩方…何を、弾いていたんですか?」
「えっとね」
と君は彼の質問に優しく答える。
俺はその二人のやり取りに背中を向ける。
(次に君に、どう言葉を掛ければいいのか…)
それを考えようと思った。
これ以上、君を知らない内に傷つけるのは、君の音楽を失う可能性も感じている。
(避けたい現象だ)
俺は、心に平静を戻すよう為に何度も深呼吸をしていた。