幼なじみロマンス
図書室にて
正十字騎士團京都出張所は和風建築だが、図書室は洋風だ。
その面積は広く、天井は高く、本棚も高くて、通常では手の届かない場所にも本が収められているので可動式ハシゴが設置されているぐらいである。
蝮は図書室に入った。
入ってすぐにカウンターがあり、司書がいる。蝮と同い年ぐらいの女性の司書である。
彼女は声のトーンを抑えてではあるが、近くにいる者と談笑していた。
話している相手は、柔造だ。
柔造が蝮に気づいた。
「お」
ニコッと笑いかけてくる。
しかし、蝮は無表情のまま軽くあいさつするように頭をさげると、すっと眼をそらした。
それから、探している本のありそうな棚のほうへと向かう。
感じが悪かっただろうか。
蝮は、内心、さっきの柔造に対する自分の態度を気に掛けていた。
もう少し愛想良くしたほうが良かったかも、と思う。
だが、あのとき、笑顔を向けられて、笑顔を返すのは気が退けた。
なれなれしすぎる気がした。
だいたい、柔造は司書と仲良く話をしていたのだ。その邪魔をしては悪い。
それに。
最近、気まずいのだ。
博物館で特別公開されている仏教系の書物や美術の展示会に誘われ、職業柄ということを抜いても強い関心があったので、柔造と一緒に見に行き、その帰りに夕飯を食べに行った。
そのとき、つい酒を飲みすぎてしまった。
自分は酒に弱いほうではない。そう思っていたのが良くなかったのだろう。
酔って寝てしまい、柔造に背負われて家まで送ってもらったのだった。
大失態、である。
それだけでも穴があったら入りたいぐらい恥ずかしいのに、さらに、怒っている蟒に対し、柔造は土下座して謝ったらしい。
自分が飲ませすぎたのだと言って。
蝮は眼をさました後に、錦と青からその話を聞き、ショックを受け、深く落ちこんだ。
もちろん、その翌日、蝮は柔造に詫びた。
柔造は、気にせんでええ、と笑って言った。
本当に気にしていない様子だった。
しかし、蝮は気まずいのである。
……こんなことに、こだわっていてはいけない。
そう自分に言い聞かせ、蝮は自分の頭から先日の失敗を追い出した。
ちょうど、目的地に到着した。
眼のまえにある棚に探している本があるはずだ。
蝮はずらりと並んだ背表紙に視線を走らせる。
やがて、見つけた。
だが、少し高い位置にある。
その背表紙を見あげて、蝮は考える。
手がぎりぎり届くぐらいだろうか。
可動式ハシゴを使ったほうがいいだろうか。いや、使おうにも、すぐ近くで可動式ハシゴが使用中だ。
蝮は手を伸ばしてみる。
届かない。
だから、背伸びしてみる。
指先が背表紙の下のほうに触れた。
けれども、つかんで引き出すのは難しい。
蝮が苦労していると、すっと隣にだれかが立った。
柔造だ。
「あれやな」
そう軽く言うと、腕をあげた。
その手はあっさりと目当ての背表紙に届き、本をつかんで抜いた。
「ほら、コレでええんやろ」
柔造は本を自分の胸の高さぐらいまで下げると、蝮のほうに差しだした。