永遠の答え
ガキンッ!
長く鋭い爪が、顔の横を通り過ぎる。勢いよく、髪の毛の数本を切断し、空に飛ばして。
雪男は慌てて横に跳び、下がって少年との間を開く。拳銃を油断なくかまえて。
そして、目の前の少年を見る。
自分と同じ中学の学生服を着た少年。だが、その頭には角が生え、その耳は長く、口には牙、黒く長い尻尾を振っていて、そして全身を禍々しい黒い気で覆っている。目は不気味な光を放っている。それでいて、暗く、濁っている。
だらしのなくよだれを垂らしたその口から、真っ赤な長い舌までだらりと垂らし、舌舐めずりをして、少年は言葉を発する。
「奥村雪男ォ……おまえさえいなければ……」
どこかトンネルのようなところで話しているような、ふたりの人間が同時に話しているような、妙に響いて二重に聞こえる、おかしな声。
「いつもいつも俺よりいい成績取りやがって……それだけじゃない、運動でも……人気も、先生たちのウケもおまえのほうがいい……チクショウッ、なんでだよ。なんでおまえみたいな人間がいるんだよ……おかげで俺はっ……それなのにっ……」
一瞬、少年の顔に人間のものらしい悔しげな表情が浮かぶ。
だが、それはすぐに邪悪な笑みにとって代わられた。
雪男は呆然と目の前の悪魔の憑りついた級友の姿を眺める。
その言葉を、今までの己の知っている彼と照らし合わせて、信じられない思いでいっぱいで。
思い出すのは、決して楽しいというほどでもないが、それなりだった学校生活……日常……の一部。
『奥村、何点だった? マジで? やっぱ勝てないなぁ』
『今日の体育、おまえスゴかったなァ。体弱いとかそんなふうに見えないよ。……あ、ゴメンな?』
にこやかに話す彼。明るく、楽しそうに。だが、それがすべてではなかったことは知っていた。多少の妬みくらいは感じていた。言葉の中に微かなトゲ。……それでも。
少年が呪うように吐き出す。
「いつも『なんでもありません』『たいしたことありません』ってな顔しやがってよォ……本当は俺のこと馬鹿にしてたんだろ? こんなこともできないのかって思ってたんだろう? いつもいつも澄ました顔しやがって……本当は見下してやがったんだ!!」
……正直、ここまで憎まれているとは思わなかった。級友が悪魔のささやきに耳を傾け、乗っ取られてしまうほど。
「あっははははっ……!」
少年は突然甲高い声で笑い出した。
「どうだ、驚いたか? その顔が見たかったんだよっ……! 俺は今おまえより強いんだ。怯えろよ。おまえなんかっ……そうだ、おまえさえいなければっ……今までつらい思いをせずに済んだんだ。やっても、やっても、おまえに勝てなかった。ならっ……おまえが死ねばいい!」
ギクリとする。雪男は自分の体が跳ねるのを感じた。動揺する。だが、冷静にそれを感じている自分もいる。
……冷静に。そうだ、そうでなければならない。
『死ね』……『おまえなんか』……『おまえさえいなければ』。
冷静にと思うのに、級友の言葉が頭を埋める。
悪魔に憑かれた人間の言葉だ。これは悪魔の言葉。人では……彼の本心ではない。そこまでは思っていなかったはずだ。きっとそうだ。だが……。
人の心の闇など、とうに知っていた、わかっていたはずなのに。
あんなに笑顔で自分に接していた相手が、どうして。
『なんで怒らないんだよ、雪男!!』
不意に、頭の中に兄の言葉が、声がよみがえる。
鮮やかに、過去の映像がまぶたに現れる。