リスティア異聞録 2章
ツヴェルフ隊が叙任してしばらくするとアヴァロンの第二次東征が始まる。アヴァロンの首都から東、ソレスタンの森のさらに東、そこにルダリア平原がある。ルダリア平原は平坦で住み易く、ログレスとアヴァロンの交通の中間地点となる。宿場町として利用され、やがて貿易の中心地として豪商がこの地に屋敷を据えるような土地として発展を遂げていった。この東征は、まずルダリア平原を制圧し、そこを足掛かりにログレスの広大な領土を切り取る算段である。単に大陸を統べることを目的とするならばユニオンとログレスの挟撃を受け易い東征をすべきではない。ログレスの手の及ばない大陸北西部から進撃を行ない、ユニオンと雌雄を決した後に東征すべきなのだが、軍議の結果は喉から手が出る程にルダリア平原の利権が欲しかった……という、まさに衆愚政治真っ青の結果だったのだ。いずれにせよ利権と思惑に塗れたアヴァロンの第二次東征は開始された。
第28会戦 ルダリア平原 アヴァロン第二次東征 対ログレス戦
ツヴェルフの部隊の初陣はここに飾られる。野戦であった。どうしようもない程に野戦。雨のように降る矢、砦からひっきり無しに轟く砲撃の音、血に濡れて生き生きと伸び生命を謳歌する野草。まさに野戦。
「まさに野戦って感じだわ…… いい加減、何十回と繰り返してるんだから、もうちょっと、マシになっても良いと思うのだけれども……。ちょうどヌル隊の初陣のバルフォグ湖もこんな野戦だったわね」
と、ホリーが誰にとはなく呟く。ホリーはライオット騎士団の従騎士で騎士達の面倒を見ている。今ではライオット騎士団の一番の古株である。実はライオット騎士団では最強なのではないか?と目されている。実際に模擬戦でヌルの相手をした時もヌルが子供扱いにされる有様である。本来、戦場では野営の中で事務処理を行なっていることも多いのだが、今回はツヴェルフ隊が初陣ということもあり補佐としてついてきている。
「ツヴェルフ、アレを……」
緑色の衣装を着た銀髪の戦乙女 ツヴァイが指をさす方向を見ると、アヴァロンの部隊を槍の一振りで薙ぎ倒して雄叫びを上げる黒鎧の重戦士の姿が見えた。首から下全てを頑強な鎧で覆いながらも鎧の重さを感じさせない力強い動き。アレは手練れ。確実に強敵である。その姿を見たツヴァイは脚をガクガクさせながら、こう言う。
「こうやって、実際に戦場に立つと雰囲気に飲まれる…… 実戦ってだけならば見習いの時にいくらでもこなしたはずなのに…… でも、戦場って……こう、なんか違うな…… なんていうか、怖い……」
ツヴェルフはワザとらしくツヴァイの肩をバシバシ叩きながらこう言う。
「大丈夫、私達がついてる! ちゃんと何時も通りにやれば勝てる! 私達は強い! よし、景気付けにアレとやろう!」
「まあ、どれでも良いわ、さっさと始めましょう」
と聖職者ケフィが自慢の銀髪に付けた部隊のトレードマークである花型のリボンの位置を気にしながら言う。
「そうね、どれでも同じ。私が負ける訳無いし」
と聖職者ウェンディが銀髪をまとめ直して言う。
ツヴェルフが駆ける。死体の山を駆け抜け、血の川を越えて、戦場を駆ける。一歩一歩、黒鎧の重戦士に近付くにつれ、その姿が大きくなっていく。目の前に辿りつくと、身の丈、ツヴェルフの2倍は有りそうな重戦士の前に立ちはだかる。
「アヴァロン ライオット騎士団所属 ツヴェルフ隊 ツヴェルフ! お相手願おう! イヤとは言わせないッ!」
「同じく、ツヴァイ!」
「同じく、ケフィ!」
「同じく、ウェンディ!」
こちらの名乗りが終わると重戦士の部隊が続けて名乗りを上げた。
「ログレス オーランド騎士団 ルーベウス隊 ルーベウス! 先に謝っておくが! 手加減は出来ぬ!」
大弓を持った緑髪の狩人が続く
「同じく、アルベルト!」
大剣を持った金髪の聖騎士が続く
「同じく、リカルド!」
杖を持った緑髪の聖職者が続く
「同じく、リリア!」
全員の名乗りが終わるや否や、ルーベウスが鈍重ながらも力強くクレセントアクスをツヴェルフの足元に振り下した。振り下されたクレセントアクスは地面にメリ込み、2メートルくらいだろうか? 地面を割った。
「今のは挨拶代りだ。臆したのならば見なかったことにしてやる。さっさと帰れッ!」
地面にメリ込んだクレセントアクスを苦もなく引き抜きながら重戦士は言う。まだあどけなさの残る表情を無理矢理に凄んで脅しているようだった。
「つまり、当たらなければどうということは無いということを教えてくれたのだな?」
そう言うとツヴェルフは身の丈程ある大剣を構え直した。
「ほざけッ!」
ルーベウスがクレセントアクスを構えて突撃してきた。それに合わせルーベウスの槍を避けたら辺りそうな位置に矢をバラ蒔くアルベルト、隙を伺うリカルド、
( 強い…… それこそ、私達より何倍も練度が高い…… )
ツヴェルフは素直に驚嘆した。
( …… でも、遅い。これなら次の一手、私達が先手を打てる。そこで一気にチェックメイトッ! )
ツヴェルフとツヴァイは相手の初手を全力で相手の攻撃を避けながら、力を貯めることに専念した。ルーベウス隊の猛攻の合間、途切れた、その瞬間を狙って、ケフィがツヴェルフにラストワンの魔法を、ウェンディがトレースドールの魔法をかける。
(リーダー気取りの鼻もちならない奴め、いっそ事故って死んでしまえ……)
ケフィはラストワンの魔法をかける時にそんなことを考えていた。
「ラストワンか…… 少し侮っていたようだ。その覚悟に敬意を表しよう。だが、随分と見くびってくれたものだな…… 相手を見誤ったことをあの世で後悔しろッ!」
ルーベウスが槍を構え直して突撃をするタイミングを見計らいながら、そう言い放つ。ラストワンとは対象者の身体能力を大幅に向上させる代りに一定時間内に敵を敗北させなければ対象者が絶命する呪いを用いた戦術である。
「あの世で後悔するのは貴様だッ! いっけぇぇぇ!」
ツヴェルフがラストワンで向上した身体能力を生かして大剣を振り回しながら敵陣に飛び込む。
ツヴェルフが飛び込むのに合わせてウェンディが大剣に魔法で火を宿す。アクセルブレードと呼ばれる大剣技である。ツヴェルフの大剣が地面を削る度に辺りの野草に引火して、辺りを火の海へと変える。振り回した大剣にぶち当ってアルベルトとリカルドがその場で倒れ込む。攻勢を続けようとしていたために受け止めることが出来ず、胴体へもろに食らってしまった。肋骨の何本かはイって肺に突き刺さったのだろう。倒れ込んでヒューヒューと息をするのが精一杯である。危険を察知して守りを固めていたルーベウスとリリアはなんとか無事であった。
「クッ…… なんとか…… 凌げたか……?」
火の海の中、辺りを見回して重戦士がそう呟く。
「それは、どうかな?」
ウェンディがニヤリとサディスティックな笑みを浮かべる。トレースドールである。土と水から人体を模した泥人形を作り出し対象者の動きを再現させるゴーレムに関する術式を応用した魔法である。
作品名:リスティア異聞録 2章 作家名:t_ishida